放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」 筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblogです。

「ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争」 高木徹

ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)
Amazon.co.jp: ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)

「泣かない赤ちゃんは、ミルクをもらえない」 ―ボスニアのことわざ


 NHKスペシャル民族浄化―ユーゴ・情報戦の内幕―」のノベライズ(?)*1で多数のノンフィクション賞を受賞した本。

 ユーゴスラビア連邦共和国から独立したボスニア・ヘルツェゴビナ共和国で、セルビア人・ムスリム人・クロアチア人が互いに憎しみあい内戦を続ける中、ムスリム人の政府が雇った広告代理店がいかにして「ムスリム人は弾圧されている悲劇の人々、セルビア人は極悪」というイメージを売り込み、国際的支持を得たのかが描かれる。

始まりは分かりやすく

 ボスニアがどこにあるのかも分からない記者に記事を書かせて宣伝してもらうために、広告代理店がプレスキットを作成した。
 アメリカ人は環境問題に強く反応するので、それに合わせて紛争による環境破壊についての情報も掲載した。

拡大再生産

 上記のプレスキットを元にして取材に行って作られた記事の中で、ムスリム人にとって有利なものだけをピックアップし、「ボスニアファックス通信」に載せて配布し「常識化」する。

さらに簡略化

 記事よりもさらに短い、たった一言で力を持つキャッチフレーズの作成。それが「民族浄化」と「強制収容所」だった。
 ナチスの「ホロコースト」のイメージを利用した。しかし、「ホロコースト」という言葉そのものは強い力を持つユダヤ人たちにとって特別なものなので使用しなかった。
 さらに、紛争後の国作りについて「民主主義」「多民族国家」というキャッチフレーズを利用した。


動こうとしない相手からの質問に対して

  • アメリカの記者の質問「ボスニア民族紛争に介入することでアメリカはどのような利益を得るのか?」
  • ムスリム人代表者の回答「ボスニアでは毎日のように一般市民が虐殺されています。それを傍観しないのがアメリカという国の責任と誇りです」

これは質問には答えていない。それでも感情に対して効果がある回答。


敵を完全な敵にする

 報道により極端にイメージが悪化したセルビア人は、味方するだけでイメージにひどい傷がつくようになり、支援が全く得られなくなる。
 「推定無罪」という考え方も、セルビア人に対してだけされなくなった。

「ストーリー」を作り分かりやすくする

 最初に書いた通り、セルビア人にしてもムスリム人にしても互いに攻撃し合っている混乱した状態なのに、「セルビア人はムスリム人を一方的に弾圧し、強制収容所に入れて虐待している」という「ストーリー」を作り上手く広めた。
 「強制収容所」と呼ばれた施設は「民兵収容所」だった可能性もあり、同様の施設はどの民族も使用していた。それなのにセルビア人ものだけが大きく報道された。


 紛争後のセルビア人たちは、全ての「罪」をミロシェビッチ大統領になすりつけることで、生き延びることができた。


邪魔者は排除する

 上記の「ストーリー」に反する「両者が共に攻撃し合っていた」「強制収容所のことなど知らない」という話をしていたボスニア派遣国連軍司令官に「極悪セルビア人の味方をする者」という具合のレッテルを貼り、発言不能・退役へと追い込んだ。


セルビア人敗北の理由

  • 経済制裁によるPR会社との契約遅れとPR意識の低さため情報戦開始が遅れた。
    • ボスニアがどこにあるのかも分からない白紙状態の人々がムスリム人の広報で「セルビア人は極悪」という認識を持った後に動いても、もう遅かった。

情報戦ではなく本そのものについて

 この本は非常に面白かった(興味深かった)です。
 構成はノンフィクションというよりビジネス実用書的かもしれない?あまりにも綺麗にシステム化されていて・・・それでも良いとは思うんですけど、何だか不思議な感覚。


 それと、ユーゴスラヴィア民族紛争はあまりにも複雑すぎて、この本を全部読んでも分からないところだらけ。

七つの国境、六つの共和国(スロヴェニアクロアチアセルビアボスニア・ヘルツェゴヴィナモンテネグロマケドニア)、五つの民族(スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人)、四つの言語(スロヴェニア語、クロアチア語セルビア語、マケドニア語)、三つの宗教(ギリシア正教カトリック教、イスラム教)、二つの文字(ラテン文字キリル文字)、一つの国家

 こんなに複雑な国では仕方がない?

*1:*書籍化です。