放課後は 第二螺旋階段で

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人の世のまことの幸を身にあつめ 真玉と生ひし二十五の子はも 「海軍主計大尉小泉信吉」 小泉信三

海軍主計大尉小泉信吉 (文春文庫)
Amazon.co.jp: 海軍主計大尉小泉信吉 (文春文庫)

 慶應大学塾長・小泉信三の長男である信吉が昭和17年10月22日に戦死するまでの回想記。

 乗艦は妙高重巡洋艦那智特設砲艦・八海山丸。

 小泉信吉は物質、精神、そして友人にと全てに非常に恵まれ天真爛漫、慶應ボーイの中の慶應ボーイであった。その後ごく短期間の三菱銀行勤務を経て短期現役士官として教育を受け主計科少尉任官したため、本書の雰囲気は他の下士官兵たちの戦記と全く異なっている。海軍兵学校出身者と比べてさえも突出した社会的エリートであり、きわめて軽快楽天的な気質を保ったまま一生を終えるのである。

 戦地においてさえ「君の父が書いた経済学の教科書で学んだ」と挨拶され、将官佐官クラスは父の知人であり、尉官クラスにも学生時代からの知人多数という優雅な海軍々人生活であった。

 その後に訪れることになる厳粛崇高たる海軍葬とその後の通常の葬儀の描写はきわめて精緻で、比類なき記録でもある。

 また、小泉信吉は中学時代にジェーン年鑑を購入しているほどの海軍ファン・マニアでもあり、それが高じて志願そして25歳にして戦死したため、年齢的にそう遠くない現代の海軍ファンである私がもし死んだ時どう回想されるかに思いが至ってしまい、幾ばくか憂鬱にならざるおえなかった。彼ほど善き人には決してなれないだろう、と……

細々メモ

  • 私が今までに読んだ日本海軍の戦記は航空機搭乗員のもの中心で決死的に外地に貼り付いているイメージが強かったため、今作のように頻繁に佐世保・横須賀に入港してついでに帰宅も可能な状況は同じ戦争のものと思えぬほどであった。
  • 小泉信吉は1918年(大正7年)生。今もなお存命の中曽根康弘元総理と同年生まれ。同じ短期現役士官。中尉。
  • 佐世保入港中に東京の自宅へ電話をかけた際、家族が長椅子に並んで座って話が一段落する度に横の者に受話器を渡している情景は愉快。
  • 近年私の周りで物故者が多いため、葬儀の様子に殊更の興味を持っての読書となった。

2013年06月17日追記

 堀越二郎零戦 その誕生と栄光の記録』で、一人息子が戦死した小泉信三が戦争末期に特攻を讃える記事を書いたことに目が潤む場面あり。他の本でも小泉信三について述べた文章を見た記憶があり、この著者は戦没者の家族として特に著名だったのだろうとようやく実感ができた。