放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」 筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblogです。ネタバレへの配慮等も基本的にありません。

霧の中の士魂部隊 「8月17日、ソ連軍上陸す 最果ての要衝・占守島攻防記」 大野芳

8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記 (新潮文庫)
Amazon.co.jp: 8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記 (新潮文庫)

「敵が侵入してきます!!射っていいですかッ!!」
「射つな!!くいとめろ!!」
「どうしても入ってきます!!射っていいですかッ!!」
「射つな!!くいとめろ!!」

 戦車第11連隊、通称「士魂部隊」ただ一度きりの戦場はここだった。


 占守島の戦いについてとりあえず知ることができる本がこれしか思いつかなかったため読んだのだが、過去の事実云々以前にきわめて理解しにくい文章であった。戦時中を回想して小説的に再現したシーンから突然取材時の様子に飛び、さらにそれを回想する現代にも移動。回想内回想が多く時間の動きが不安定である。この状態で交戦開始時間帯について調査を進められても、状況がどこまで展開していたのかつかみかねる一冊である。


 だがそれでも、状況が始まった後の戦の雰囲気を知ることはできた。

 日ソ両国軍共に中立条約と終戦宣言により準備不足で、勝利条件も敗北条件もない偶発的な交戦が拡大しただけに近いものであった。「大きい自衛戦闘」であって「戦争」ではない。

  • ドイツと同盟国でありながらソビエトに対し中立を保つため、千島列島やアリューシャン列島を手中に収めながらも米ソ間の輸送船に手が出せない日本外交は度を越えてアクロバティックなものである。
    • 私は「関東軍特別演習が無ければ終戦後のソビエトの侵攻は抑制されたのでは?」という疑問を持っている。動員に反応して拡大した第一次世界大戦と比較するとどうか。
      • ソ連を仲介に終戦という日本の狙いはソ連視点を忘れた非現実的アイデアであるが、何故それが可能と思われたのか?
  • 日本軍は悪天候に救われた。
    • 低空の雲により、有力な艦砲射撃なし。空爆なし。偵察なし。
    • 濃霧により砲兵による砲撃・戦車による長距離射撃なし。
      • ソ連戦車と比べれば紙細工のように脆弱に見える日本戦車も、相手が歩兵部隊なら凄まじい火力を発揮する。しかし、あらゆる種類の対戦車火器を全く防げていなかったため、消耗速度はきわめて速かった。
  • 勝利条件が無いため、敵部隊出没情報に合わせて島内をひたすら転戦している間にひどく消耗してしまった。
    • 全部隊が決死的に頑張っているが、戦闘の意義に関しては疑問である。この無力さは「人は運命に敵わない」としか言いようがないだろう。
  • ロシア語が分かる者が白旗を掲げ連絡に出た所、別方向の機関銃の発砲音に反応して罠と勘違いされ射殺される事件が発生する等、相互共に戦闘の継続を望んでいない状態でも連絡は困難である。
  • ソ連軍の上陸は拙速である。
    • 特別な事前準備・集積もなしにポツダム宣言受諾の日程に基づき緊急的に出発。政治的要請のみにより行われ、軍事的には困難な作戦であっただろう。
    • 上陸後はいわゆる無停止前進の動きである。橋頭堡までの縦深を確保するためか前進あるのみ。
    • 軽歩兵がひたすら前進している状態なので、日本軍戦車隊と出会えば切り裂かれてしまう。逆に言えばそれさえ耐えきれれば重装備が到着し揚陸作戦は完成する。
  • 占守島の戦いで日本軍がソ連軍を海まで追い落とせた可能性はゼロであろう。前哨程度の部隊と接触した段階でこう決死的では……
    • もしもソビエトが本当に北海道を欲した場合、その侵攻を実力で止めるのは全く不可能であるという悲観的見方である。これは米ソ間の協定により行われなかった。

この戦いの意義に関する疑問を上手くまとめているエントリにリンク

占守島の戦いで,北海道が救われた訳ではない - Danas je lep dan.
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20080822/1219404745