放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」 筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblogです。

「最後の転落 ソ連崩壊のシナリオ」エマニュエル・トッドは主義主張も建前も外して経済を見る。

最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕
Amazon.co.jp: 最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕

人口動態の指数は、経済に関わる集計値より変造が難しい。それが由来する概念がより単純なものだからである。一人の個人、その年令、性別、生涯の長さは、相対的に定義するのが簡単である。これに比べれば、靴の寿命、その価格、品質、その存在というのは、なじみのない概念であり、それゆえ輪郭を確定するのがより難しくなる。それゆえ、大きな一貫性と大きな慣性を持つ変数に基づく学問分野たる人口統計学は、実のところ、初めての、そしておそらくは唯一の、真の人間の科学であり、常に最後には共産主義システムを裏切って、その深層を暴露することになる。人口の年齢別ピラミッドは、何十年もの間、スターリニズム毛沢東主義、その他、およそ人間の社会を、新たに開墾する処女地帯として、白紙のページとして虐殺の戯れとして扱う訓練をしているあらゆる形態の全体主義の「誤り」を、象眼のように刻み込んだまま保持し続けるのである。

 富野由悠季をはじめとする市井の面白い勉強人が読んでいる本といえばのエマニュエル・トッドです。その中で最も最近日本刊行されたこれを読了しました。

 1975年頃の段階でソビエト崩壊とそのメカニズムを予測した著者25歳でのデビュー作であり、現地に全く足を踏み入れず、一般公開情報に対し歴史学的なアプローチをとる事により、共産主義思想の色を無視し社会経済システムの実態に着目し分析推論を進めています。この手法の結果、コルホーズは9世紀カロリング朝農奴制に酷似していると指摘し、抑圧第一の社会システムは低い生産性に苦しみ、それがために産業全体への投資効果が虚空に消え国力を失っていくという趣旨の主張が成されています。

 この理論を最近の日本に当てはめると、労働生産性の上昇遅れは将来破壊的なものになるのではないかという不安も出てきますね‥‥

 論の総体的には、推論に推論を重ね発想の勢いに任せ、それがバーナム効果的に当たっているように見えるため若干纏めづらく、この世界観を完全に理解するにはまだまだ時間が必要そうです。

 この本を速く読みたい場合は「序説」と「批評と解説」のエマニュエル・ル=ロワ=ラデュリによる「『捻れた革命』を硫酸で洗い流す」だけで8割位までは分かります。

■一問一答方式での私的まとめ

  • ソビエトでは軍事部門が巨大化している。なぜか?
    • 国家により完全に管理された産業であり、徴兵により若者から自由を奪う効果を併せ持つため社会の安定化効果が高い。この分野に多額の投資を行うことにより他の無秩序へと繋がる可能性のある産業の発展を阻害できる。
  • ソビエトが社会の抑圧と安定化に力を入れる必要があるのは何故か?
    • 階級闘争・経済的搾取などの対立紛争概念に慣れ親しんだ識字国民たちが現状を正しく把握できないようにするためである。
  • 高度な兵器を大量に保有している国が経済的に行き詰まるとは思えないが?
    • 経済活動の余力からではなく、兵器製造を中心とする社会構造であるため西側世界とは全く異なる。そもそも、核兵器など貧しい国でも保有ができる。これは1970年代ならば中国とインドを、2010年代ならば北朝鮮を見ると分かりやすい。農業生産力においてはアメリカから小麦を大量輸入しなければ飢餓を防げないほど悪化している。
  • ソビエト農民は共産主義的でない?
    • コルホーズで命令に従い国家のための作物を生産し、ごく小さな個人農地で自らのために作物を生産する中央集権構造は9世紀カロリング朝農奴に近い。なお、この小さな個人農地の生産性はコルホーズよりも遙かに高かった。これは国家規模で状況を把握できないまま立てられる生産計画よりも個人規模の小さく素早い計画の方が適していたためである。
  • 中央と現場の情報交換能力が飛躍的に向上するオーガス計画 ОГАС(OGAS) もしくはサイバーシン計画が完成していれば共産主義国家は崩壊しなかった?(本書に無い疑問点)
    • 現場の判断を上回る生産性を発揮する命令それ自体がほぼ不可能である。
  • 共産主義国の建前である完全雇用は正常に機能しているのか?
    • 答えはノーである。固定された賃金があまりにも低すぎるため不法労働により穴埋めが行われている。こちらの賃金は国家により制御されない。不法労働により生み出された製品は最終的にはソ連人が利用するのだが、その過程は国家に把握されないため自由経済のシステムが成立している。
  • ソビエトの中でもロシアの経済が特に停滞しているのはなぜか?
    • 国家による統制の中心地で社会の不安定化を抑制する事が第一であるため、生産性改善にインセンティブがなく投資が成長に結びついていない。10の生産性に10を投資すれば100の成長を得られるが、1の生産性から100の成長を得るには100の投資が必要である。
  • なぜ生産性が低い社会体制なのか?
    • その要因の一つとして、秘密警察など抑圧産業への従事者が多数必要であるため。
  • ソビエト自由経済を嫌うのは何故か?
    • 人それぞれの多種多様な趣味嗜好欲求を満たす選択の自由ある個人消費産業は核に無秩序状態(反乱)を内包しているためである。また、欲望は生活水準の向上以上の速度で進むものであるため、これもまた社会の不安定化に結びつく。重厚長大産業は個人消費能力を圧迫する規模になるまで拡大しなければならない。
  • 共産主義国家が人々に自動車を与えないのは何故か?
    • 自動車による無秩序な個人消費の伸び(=無秩序・反乱の源)を抑制するためである。
    • フィアットの生産設備を導入したソビエトは国内のほんのささやかな需要(1000人あたり4.5台)を満たしただけで輸出に転換した。
  • 有力な軍を持つソビエトだが海外派遣をなぜ嫌うのか?
    • 兵(=市民)たちが異文化と接触し選択の自由を求め始めると社会の安定が危うくなるためである。海軍は、洋上において艦艇の乗員が西側社会を見ることがなく、建造においてに中央集権的な力が必要であるため、ソビエト社会にとって理想的である。
      • しかし1975年11月にはバルト海の軍艦ストロジェヴォイで反乱が発生している。
  • スターリン恐怖政治時代のソビエト共産主義経済であるにも関わらず生産性が急上昇していたのは何故か?
    • 「粛清」が資本主義社会における「倒産」同様に経営責任を負わせる役割を果たしていたため。恐怖政治の時代ではない1970年代は誰も責任を負う必要がないため停滞している。
  • ヨーロッパ・ピクニック計画が東欧共産圏の崩壊につながったのは何故か?(本書に無い疑問点)
    • ポーランドハンガリーなどのロシアと異なり拘束の弱い経済システムにより蓄積された個人の財が、移動の自由化、すなわち選択の自由化を求めてテイクオフしたためである。