放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」 筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblogです。

精兵という時代の縮図―「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」 クリス・カイル スコット・マクイーウェン ジム・デフェリス 翻訳:大槻敦子

ネイビー・シールズ最強の狙撃手
Amazon.co.jp: ネイビー・シールズ最強の狙撃手

 ゴシップ的な邦題と異なり、原題は「American Sniper」というシンプルなもの。著者はイラク戦争においてアメリカ軍史上最多の殺害数を記録した「最強の狙撃手」であるのですが、それ以上に SEALs の一下士官としての自負と団結を中心に描かれています。

 アメリカ人としての誇り、キリスト教徒としての誇り、テキサス人としての誇り、SEALs隊員としての誇り、そして家庭人としての誇りを胸に、激戦区ファルージャ、そしてラマディへと飛び込んでいくのです。

 彼の任務は市街戦を主な舞台とし、めぼしい拠点(民家)を確保しては敵を識別し撃ち殺すこと。その繰り返し。ただひたすら冷徹に任務を果たせる人間の信念、世界観がいかようなものか、その内面がはっきりと描かれます。

 この心境は兵士にシンパシーを覚える私から見てさえも「真っ黒」でした。論理的に正しいのですが、感性の面でどこかがひどくおかしい印象を受けるのです。

 戦闘効率の向上のためなら略奪・破壊・拷問もほとんど流れるようにこなすため、これほどまでに暴力に慣れ親しんだ人間が一般社会に戻るのはさぞかし難しいだろうという実感を持つことができました。しかし、戦闘が小康状態になれば最前線で私物の携帯電話を使って家族との会話を楽しむこともできていたようです。この辺りは現代的ですね。

 ほか、SEALs の仲間として「アフガン、たった一人の生還」を著したマーカス・ラトレルさんも要所要所に登場します。


アフガン、たった一人の生還 (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズ)
アフガン、たった一人の生還 (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズ)

SEALsの孤独

 飛行機が降りてきたときは滑走路の近くで出迎えた。ほかにもちらほらと奥さんや子どもが来ていた。わたしは赤ちゃんあを連れてきていて、それはもうわくわくしていた。とってもうれしかった。
 いっしょにいた女の人のほうを向いておもわずこう言ったことを覚えてる。「ああ、よかった。やっとですよね。わたしもう待ちきれなくて」
 「ええまあ」とその人はつぶやいた。
 あれ、わたしがまだ慣れてないからかな。と心のなかで思った。
 あとになって、その女の人はクリスと同じ小隊にいたシールズの夫と離婚した。

 妻タヤの回想より。国家にすべてを捧げてしまう SEALs の離婚率は95%にも上るという。

SEALsとイジメ(しごき)

 私的に特に印象が強かったのはSEALs隊内でのいじめに関する見解でした。この部隊では血中アルコール濃度が限界を超えるまで酒を飲ませて生理食塩水点滴で薄めて保たせる、その状態で全裸で冬山に磔にする、意識を失うまでボクシングで連戦を行うリンチなど生死の狭間にまで追い込まれるものがざらです。これがなぜ根絶されないのかというと‥‥

 いじめは、だれが経験豊富なベテランなのか、やっかいなことが起きたときにだれの支持を仰げばよいのかをみなに思い出させることにつながる。それからまた、新入りがどんな人間なのかを周囲に知らしめることにもなる。比べてみれば一目瞭然だ。だれに背後を守ってもらいたいだろう。仲間を助けるために飛び込む男なのか、それとも下劣な下士官にひどい扱いを受けたといって涙を流す将校なのか。
 いじめは新入りを謙虚にさせる。まだまだ自分は何も知らないのだということを彼らは思い知らされる。

 こう説得されると、人生の重要な時期に暴力で解決しようとしなかった自らを恥じ、深い後悔に包まれました‥‥

 客観的に見ると、この文化を輸入した結果が海上自衛隊・特殊警備隊の訓練中事故に繋がったのではないかという黒さも感じます。

SEALsらしい長期戦の心

 ベトラムにはあまりにもたくさんの標的がいたので、わたしたちはこんなことを考えた。まだやつらを殺すために使用していない兵器はどれだ?
 拳銃による射殺がまだ?ぜひとも一度はやっておかねば。
 戦闘時の武器の能力を知るためにもぜひ経験しておこうと、わたしたちはさまざまな兵器を用いた。だが、ともすれば遊び半分だった。毎日銃撃戦をやっているとちょっとした変化がほしくなってくる。いずれにしても、あり余るほどの武装勢力がいて、あり余るほどの銃撃戦があった。

 この辺りになると完全に戦闘を楽しんでいる状態ですね。この後、武装勢力が潜む建物もろとも大打撃を与えられるカールグスタフが人気火器となりました。

細々としたスペック的なメモ

  • ファルージャの戦いにおいて、オリンピック射撃イラク代表選手であるムスタファなる人物が兵士として参加しており、狙撃動画を各所に多数投稿していたが戦死したらしい。この人物が実在するのかは不明。
  • 戦闘地域の残留市民に関しては、主人にわずか300ドルを与えることで即時退去を強制していた。
  • 兵士は銃の機種をほとんど気にしていない。何を重視するのかといえば、口径とメカニズム(セミオートか、ボルトアクションか)くらいである。以下は主な使用火器のメモ。
    • Mk12

 5.56×45弾を用いる M4 カービンとほぼ同様の特殊部隊用小銃。違いはバレルが1インチ長い程度。(約400mm と 約367mm)

    • Mk11 (SR25)

 7.62×51弾、20発マガジンのセミオート狙撃銃。弾丸はブラック・ヒルズ製マッチグレード。この銃を使っている間だけはバックアップのM4カービンが不要となった。対応交戦距離は短い。

 ほぼこの名前でしか本文中に登場しないが、アキュラシー・インターナショナル製の Mk.13 と思われる。レミントン700の機関部にL96A1によく似たストックと新しいサプレッサーを組み合わせたボルトアクション狙撃銃で、著者が最も愛用していた。

    • 338

 338ラプアマグナムを採用することにより12.7×99mmライフル並の殺傷力を持ちながらも重量増を抑えたボルトアクション狙撃銃。アキュラシー・インターナショナル製とマクミラン製の二機種があるようだが本文中特に区別は無し。サプレッサーが無いためイラクで頻発した屋内からの射撃では耳へのダメージが大きかった。
(映画の劇中ではほぼ マクミランTAC-338A)

    • 救急装備

 救急装備は負傷者本人のものを使用するのが基本だった。探す必要が無く、後で治療者が撃たれても道具切れになる事は無い。

    • 腕時計

 カシオのGショックは「昔の隊員のもの」で、今はロレックスのサブマリーナに戻ったらしい。

著者クリス・カイルの戦後

 退役後は民間軍事会社クラフト・インターナショナルを設立し実業家となった。また、PTSDを負った兵士の治療奉仕にも熱心だった。だが、2013年2月にその活動中射殺され死去した。この本の日本出版は2012年4月である。


2015年2月7日追記

 このノンフィクションをもとにクリント・イーストウッド監督が映画を制作しました。それに伴い文庫版が発売されます。著者は同じですが翻訳者が変わり新訳となるようです。邦題も映画に合わせて「アメリカン・スナイパー」に戻りました。

アメリカン・スナイパー
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