放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」 筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblogです。

善良さに縛られる―機動戦士Vガンダム 第10話「鮮烈!シュラク隊」

■ストーリー

 リガ・ミリティアの各部隊は歌謡大全集のカラオケディスクに埋め込まれた暗号を元にドレスデンと対称の位置にあたる地点「DD」への集結を開始する。

 一方ザンスカール側もキャラオケが趣味の指揮官デプレがこのデータを解読し、ドレスデンに移動すると予測していた。

 ここでウッソは陽動として単機で無断出撃し、ザンスカール部隊と接触する。

 「ライラックの香りの中に身体を沈めるのも悪くはないぞ」としゃれたことを言ってみせるデプレ。

 しかしウッソ機とすれ違う瞬間、パイロットが自分の子供ほどの歳でしかないと気づき、撃墜はしないように僚機に命じる。そしてその手加減を突かれて力を出し切れないまま、増援として現れたシュラク隊に撃退されてしまうのだった。

 女性ばかりの部隊シュラク隊のリーダー、オリファー・イノエは軽口の気配りがまるで色男のようだが、ウッソの単独行動には正しく鉄拳制裁を加える。その顔は父親を思わせるものだった。

■コメント

 子供は大人を殺しても構わないが、大人が子供を殺すのは気が引ける。この非対称性がなければウッソはここまでに何度も死んでいるのではないだろうか。なぜ子供が戦場などにいるのか、いなければならないのか、ロボットアニメの常識を1990年代のリアルな常識に当てはめて理詰めで考えると狂気でしかないという方向性が今作の基礎になっている。

 ザンスカール帝国の人々こそが善良な常識人であり、だからこそ隙を突かれて勝利を手にすることができない。

■断片

  • ウッソ機に同乗したシャクティを一度降ろす際、合流のために信号拳銃を渡す、木立すれすれの低高度飛行で索敵をかわすなど、地味にミリタリー色(メカニズム的な合理性・論理性)が強い。


青春歌年鑑 1990
青春歌年鑑 1990