放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」 筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblogです。

少年兵は大人と子供の隙間にある―機動戦士Vガンダム 第20話「決戦前夜」

■ストーリー

 カイラスギリーの対地球艦砲射撃が始まるのをただ待つばかりの現状を打破するため、戦力的に劣るリガ・ミリティアのリーンホース隊と連邦軍のガウンランド隊は、ウッソの提案によりハイランドのマイクロウェーブを使った対人阻害攻撃を開始する。これにあわせての突撃で戦力を少しでも削ぐのだ。

 作戦の準備段階出撃時、慣れない追加装備にふらつくウッソは尊敬できるジュンコにリードされながら戦い抜く。戦意のきわめて高いジュンコについて、マーベットとオリファーは「死に急いでいるじゃないのか?」と不安視している。

 そして本番の強襲が始まる。ウッソは今まで散々戦闘しておきながらようやくシャクティが漂流しているかもしれないと気にかけはするのだが、それも祈るだけで棚上げし、今は作戦に集中する。

 ウッソが戦争に没頭し始めたためか、カイラスギリーにいるシャクティガンダムの事を感じられても、それを操るウッソのことは分からなくなってしまった。

 攻勢は次回へと続く。

■コメント

 空間的に自由な宇宙で、てらい無く身体のふれあいコミュニケーションを表現できるマシンだからこそのモビル「スーツ」なのだろう。軽い感じで乗りかかってみせるウッソとジュンコの関係性で改めてそう考えさせられる。

 それにしても、ウッソはシャクティのことをもう諦めてしまったのだろうか?今やただひたすら戦闘に打ち込むだけの状況である。これは戦争という決して良好とは云えない状況に身を投じて継続に加わる、個人を顧みない「大人」になるのと同じことだ。そのため、一歩引いて状況を見つめているシャクティとは心的な距離が生まれてしまった。

 しかし、部隊内での扱いは相変わらず「子供」のままで、誰の心も受け入れる器のような存在になっている。これはアンバランスではないのか。もしかするとこれは少年兵特有の苦しみの一つかもしれない。

■断片

  • 今回登場した連邦軍正規部隊所属のMSジャベリンはデザインにまとまりがなく格好良く見えない。「正解の形」がおそらくあるのが、まだそれが出ていない印象だ。
  • クロノクルのMSコンティオはラテン語の「集合」(contiones)由来らしい。カイラスギリーから現れたためにどうしても別のアナグラムを考えてしまうのだが‥‥
  • クロノクルの部下の報告に対する反論に出てくる「ガンダムではない。ビクトリータイプだ」等の反ガンダムへのこだわりはターンAにも出てくるのだが、感覚的によく分からない。ガンダムばかり撮らされる富野監督の反映だろうか?


子ども兵の戦争
子ども兵の戦争


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