放課後は 第二螺旋階段で

「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

ハリウッド版 Fate stay/nightを作るなら / ラブストーリーの骨格


Fate/stay night+hollow ataraxia セット

 いまネットのオタク文化圏ではモバイルゲーム「Fate Grand Order」が大流行中。私も2月頃からはまって身体の中に埋め込まれたFate回路が開いている状態です。その流れで10年以上に作られたゲームについて今さらながらに考察・構造読解記事を書いてしまいます。

*注:この記事は Fate stay/night Heaven's Feel 未プレイのまま、思うがままに勢いに任せて書かれています。
*アーチャーの真名を知らない人はもういないだろうという前提に基づいて書いています。


 Fate stay/night わたくしのお気に入りキャラクター第一位といえば、アーチャー。

 キャラクター造形の格好良さとストーリーのまとまりの良さに、この人をメインに据えた Fate stay/night Unlimited Blade Works のハリウッド版*1を作れないのかなと夢想します。ソードアートオンラインが海外ドラマ化される時代ですから。

 ジャンル分けするならば「ロマンチックアクションラブストーリー」。組み合わせの相性の良し悪しは、無視です。

Fate stay/night の基礎骨格

  • 基本的に神話時代のサーヴァントしかいない中に現れた無銘の赤いアーチャー。彼は一体何者なのか?大きなミステリーとして物語が始動します。
  • そのアーチャーは凛にとって身近で好感の持てる不屈の少年士郎が正義だけに生きる事ですり減りきった未来の姿で、機会さえあれば現代の士郎を殺そうとする葛藤が独特なのです。
  • 得体の知れない恐ろしさを持ちながらも「凛との絆」だけは覚えているというダイナミックなギャップ。
  • むかし『ゴースト ニューヨークの幻』という映画が大ヒットしましたが、これが比較的近い路線になるのでしょうか?

主に士郎視点で見るアーチャーの完璧さ・ラブストーリーへの基礎

  • 「最高のヒロインである凛と釣り合う立派な人間になりたい」という意欲、あるいはプライドはどんな少年だって持っているでしょう。アーチャーはそれを成し遂げた存在でもあるのです。

主に凛視点で見るアーチャーの格好良さ・これがロマンチックアクションラブストーリーの骨格

  • 凛視点で見ると、支えてくれる気の合うパートナー(しかも家事の上手いイケメン)とコンビを組んでの決死のバトル!
    • アーチャーからお姫様抱っこされても、それはただ強さの形が違うだけ、特性を活かした動きをしているだけで、守られているだけの状態ではない。
    • このアーチャーが、高校生の今気になっている男子の未来の姿で、その「気になっている所」「気になる性格の長所」を突き詰めた結果、世界に見捨てられ死んでいったと知る悲しみ。
    • だから彼の幸せのために「あんたはああやって後悔しないように私についてきなさい!」という支え合いの形で物語が終わる。これが美しい。
  • 凛とアーチャー、並び立つ二人のヒーローが完成する終幕。
  • この「凛視点」が私の考える「ハリウッド版fate」の核となる部分です。
    • 等々色々書いてますが、2014年のufotable版アニメは既にこの方向で作っていた印象があります。
  • 英雄王対アーチャー決戦の構造
    • 発売当時から今までの批評で不可解なほど取り上げられなかった印象を受けるのですが、アーチャーの能力「無限の剣製」は英雄王ギルガメッシュの能力「王の財宝」とずれた鏡写しになっています。英雄王が真作の武器を無限に撃ち出す中、アーチャーは「フェイカー」として贋作を同様に撃ち出し続けるのです。何もそこまでという程に酷似した能力のぶつかり合い。「聖杯戦争」という大局的状況は二の次三の次。もっと個人と個人の、意思と意思の戦いなのです。
    • 「偽物が本物に勝てない道理などない」これは今作の大テーマの一つです。本来この世にいない偽存在であるアーチャーと凛の関係性もそう。
      • イメージを実体化させる「投影魔術」という小さな一要素の繰り返しが有機的に組み合わさって大きな全体像になる構造を持っているのが見事なのです。
      • イメージの実体化能力、それはすなわち「強さの定義」を写す鏡に他ならない。


 今の見方はいまいち掘り下げ切れていない感が強いため Heaven's Feel 完走の後にはパワーアップ版を再執筆したいものです。

*1:この記事でいう「ハリウッド版」は、アクション・ラブストーリー・ヒューマンドラマなど多様な要素が有機的に組み合わさっていながら非常にシンプルな基本構造の骨格を持つ作品といった程度の意味合いです。「ハリウッド版三国志は出てくる国を二つにまとめようとする」というジョークがありますが、それ位極端な構造化を行わなければ2時間プラスの枠には収まりません。