Amazon.co.jp: 奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)
「また会うぜ。きっと会う。滝の下で。」
松枝清顕がこう言って20歳で死んで18年。
ときは昭和恐慌と憂国の時代へと移り変わる。
愛という純粋な感情のみに生きた松枝清顕の親友、理性と論理に生きる本多繁邦は、法という堅牢な塔の高みの存在、控訴院判事となった。
しかし、松枝清顕の転生と思われる少年、飯沼勲との滝の下での再会が、その理性を揺るがせる。
新たな主人公、飯沼勲は右翼思想の愛国者たちの蜂起を描く「神風連史話」に感銘を受け、愛国と忠義に燃える少年。彼は、その熱意から財界や政界の要人たちを悪の権化として打ち倒す改革を計画する。改革の純粋な完成のためには、自らの死による完結が必要だという考えを持って。
「一寸やわらげれば別物になってしまいます。その『一寸』が問題なんです。純粋性には、一寸ゆるめるということはありえません。ほんの一寸やわらげれば、それは全然別の思想になり、もはや私たちの思想ではなくなるのです。」
大人たちは、ある者は彼の熱意に影響され、ある者はその純粋性を汚そうとし、ある者はそれは幻だったということにしようとする。
そして、彼の計画は一度は潰えてしまうが…
純粋に生き、純粋なまま若くして死んだ松枝清顕を見届けた本多繁邦は、あまりにも純粋すぎる理想を求め、死以外の結果が無い道を突き進む飯沼勲を抑えようとするが、飯沼はそれを軽々とすり抜けて行ってしまう。
この物語の理想を徹底的に追求した結果の死は非常に美しいと思ったけれど、そう思うことへの抵抗感もあったり。
小説としての面白さと同じ位に、著者が死んだときの思想とのつながりも気になる一冊。