放課後は 第二螺旋階段で

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「小指の先の天使 (ハヤカワ文庫JA)」 神林長平

小指の先の天使
Amazon.co.jp: 小指の先の天使


壜をたたき割れ
世界を開くとき
幽霊は消え去る


 グレッグ・イーガン作品等で最近流行の、仮想世界への移民と現世からの視点変化を中心にした連作短編集。この本は約22年前から現在にまでわたって書かれたものなので、その流行を先取りしていたという感じです。
 表紙は「猫の棲む処」をイラスト化したもので、描いたのは森博嗣の「猫の建築家」のイラストも描いていた佐久間真人。この人ってもしかして猫イラストの専門家なのでしょうか?*1


抱いて熱く

 謎の嵐で人間の大半が燃え尽き、生き残った人間も触れ合うと燃え上がってしまうようになった世界を放浪する、少年水天とその恋人桂子。彼らは旅の途中で、燃え上がるのを知りながら触れ合う人々や、触れ合っても燃え上がらない不思議な人々と出会う。彼らが旅の末に出す「触れ合い」に対する答えは?
 ちゃんと恋愛をしたことが無い自分にはコメント困難なところもある話。でも、何となく若くて可愛いつきあいをしている2人だったということは分かります。
 外に出ると死んでしまうけれど、外に出ずにいると成長するにつれて世界が段々と狭くなっていく「瓶の中の生きた鮒」という小道具は、世界設定やプロットにきっちり合っていておもしろいです。合わせすぎで作中世界の広さがあらかじめ規定されてしまったと見ることもできますが……
 廃墟の街で「ロメオゼブラのサンパン」こと「ヤマハRZ350」に乗る場面が登場するのには時代を感じます。

なんと清浄な街

 哲理学教授の元に、セカイのルールが破れているので捜査に協力して欲しいとメタ刑事がやってくる。刑事の話によると、草食動物が肉を食べだしたり、人間が意志の力だけで真っ二つになって殺害される等の、セカイのルールから外れた事件が最近多数起こっているという。彼らは奇妙な事件を調査する途中で、セカイを外部から操作している者と、セカイの生成原理を知ることになる。

 ぼくはフィクションで「メタ」を使われると、物語世界を一つずつ積み上げることを放棄して一気に塔を建てようとしているように感じられ、どうしても素人っぽく見えてつまらないと思う傾向がありますが、それでもこの作品には驚きがあって面白かったです。
 哲学という思考の上の概念も、思考だけの存在の中でなら実行しうるのか。

小指の先の天使

 ほとんどの人間が仮想世界へ移住し、肉体世界の科学技術はほとんど失われてしまった時代。町はずれに住む老人の元に、町から少年が弟子入りにやってくる。老人は少年に、過去の失われた技術から生まれた小指の先の世界の物語を語る。
 タイトルは格好いいけど、永遠の生に対する考え方はちょっと類型的すぎるかんじ。

猫の棲む処

猫SFだー!*2
 一度自分の体で本物の猫を抱いてみたいという仮想世界の子供に、実体世界の老人は身体を貸すのだが……仮想世界に住む人間と現実世界に住む人間の断絶、「仮想世界の意識の中にある猫」と「本物の猫」との間にある絶対的な違い。
 猫と老人がのんびり暮らす家の空気が持つ柔らかい透明感と非生物特有の無意志さ、身体を持ったことが無い人間が持つ壊れているように見える新しい常識の感覚が印象的でした。


意識は蒸発する

 失われた技術で作られた仮想世界に潜入する男。この物語は彼の意識の流れをたどることで進行する。男が潜入した世界には、人間は一人も存在しなかった。それでも、人間の手が関わらないと動かないようなシステムは動作していた。幽霊が動かしているかのようなこの世界は、一体どうして出来上がったのだろうか。
 インフラやシステムが全て生きているけれど人間は一人もいない綺麗なゴーストタウンという情景と、それを認識する時の感覚描写がとにかく面白い。世界は認識した通りに作り上げられる。
 ラストは話がかなり飛んでいる感じ。


父の樹

 科学技術の大半が失われた時代に、身体を廃止し人工的な脳だけの存在「電脳」へと自らを作り替えた父。それを維持する肉体を持った息子。純粋な思考機械となった父と息子の対話で進行する物語。
 思考の末にたどり着く、生を全うしたという感覚と、転生の安心感がとても気持ち良く、この短編集で一番好きな話です。


 父を維持するために、風力発電機を作ったりして工作をする息子の思考があらわれたこの文章は、とても上手いと思った。

父の、その半生は身体の一部を失い続ける歴史だった、と思う。
私は何も失わなかった。こうして器用に気を削る手があるし、土地も、妻も、子供も得た。私はしあわせだ。
板を削る。プロペラの形がだんだんできてくるのを私は見る。ふと手をとめて、それを見る。そしてまた父のことを思う。
父はこのプロペラのようなものなのかもしれない。木板という身体、それを削り、風を受けて効率よく回るプロペラのような存在になったのかもしれない。プロペラは風を起こすこともできる。めくるめく純粋な、目に見えない思考という風の渦。

*1:検索してみたところそうだったみたいです

*2:はてなキーワードになっている!