放課後は 第二螺旋階段で

筆者の気の向くままに書き連ねるクラシックスタイルのblog。代わりにカテゴリタグによる分類に力を入れております。ネタバレへの配慮等は基本的にありません。「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

空耳は希望から

降るプラチナ
 オタクらしく(?)最近新居昭乃の歌を聴いていて、そのなかでも好きな「ガレキの楽園」に出てくる歌詞の
「その未来半分をくれるのなら 灰色のやせた絶望が遠く遠くなるよ」
がどうしても
「その未来半分をくれるのなら 灰色のやせた絶望がトクトク鳴るよ」
に聞こえてしまう。


 このフレーズより前に「好きなものはきれいな色の時計 君のためなら 手にいれるよ どんなことしても」という言葉や「同じ夢を見たね 君が呼んでた どの時計よりきれいな 魚が光る海で」という言葉が出てくるものだから、「時計」のイメージを引きずって、それが「灰色のやせた絶望」と一体になって、「君の絶望の音と動作が感じられるほど依存的に抱きしめる者」というイメージが出来上がる。
 自分は、空耳歌詞のほうが絶対に良い、と感じる。