「なんてこった、5階と6階が買われた!奴ら、自分の私有地で軍事演習を行う許可を法務局に提出しやがった!」
のちに大ヒットすることとなる『マルドゥック・スクランブル』の前日談。
法で禁じられたバイオ技術を運用する企業。その企業の子とも言える人間が企業を告発する。
告発の証人は銃禁止団体「104」のメンバー。「104」とは何か?団体発足日の銃撃事件による死亡者数。証人の意思によりいかなる刺客に対しても銃による殺害は許可されない状況で、存在そのものが武器、銃そのものの仕事人ボイルドとウフコックは証人保護プログラムを実行する。
禁じられた技術で生まれた人間がその技術を告発し、銃の力でしか生き延びられない状況で銃による殺害を絶対禁止する。
何故証人は命の危険を冒してまで意思を貫こうとするのか?それにも理由がある。とびきり記録的な画で起こった事件。
刺客は企業と無関係なはずの州兵。かれらは市街地で火器を合法的に利用するために法律の隙間をハックする。奴らは手段を選ばない。
自らの出自/銃の力/法の力。アンビバレンツを何十にも背負いつつも、言葉遊びや状況のおかしみで決して重くはならない。
今作が発表された段階では本編の『マルドゥック・スクランブル』は最初の『圧縮 The First Compression』しか発行されていませんでしたが、シリアスとコメディを高い領域で調和させる感性は近い将来の評価を予感させます。
書籍未収録なのが非常にもったいない。
小説としての面白さに加えて、今作で冲方丁が見せたバランス感覚は、このレベルを意識してシナリオを書くとプロに到達できるという分かりやすい目標になるという印象もあります。
あなたの心をつかむのは何だろうか?それは素敵な音楽かもしれないし、ダンス、あるいは絵画かもしれない。いずれにしてもそれは意外性があり、意外性には一定の法則がみとめられる。パズルにも、語呂合わせにも、よくできた隠喩にもみな、同様である。
―チャールズ・イームズ
『SFマガジン2003年7月号(通巻567号)ぼくたちのリアル・フィクション特集号』掲載。
この号は冲方丁以外にも、元長柾木、吉川良太郎、西島大介、長谷敏司といったネットワーカに人気の作家が多数参加しています。