「桜の花びらが落ちる速さって知ってる?」
タイトルのロマンチックさから素晴らしい。
散る桜は出会いと別れの象徴。その瞬間を切り取る術。
第一部 「桜花抄」
都会の少年は雪国に行った少女と再会するため旅に出る。
雪国という異世界、都会と違った規則を走る鉄道は雪で遅れ続ける。近いと思っていた距離は時間と共にひたすらに遠くなり続ける。
少年の初恋の彼女との距離は引き延ばされて、会えるのはもう最後なのかもしれないというのにたどり着けないのかもしれない。
心細さがたまらなく印象的。
これが最後になるという予感の中にある再会の後も二人の人生は続く。物語はここから始まる。
第二部 「コスモナウト」
心を伝えたい相手がずっと遠くて届かなくて、届けられるあてもないのなら、その目線は地球から最も遠いどこかを目指す宇宙探査機にも等しい。
そのためヒトは宇宙機の出発点たる種子島へ。
『航空宇宙軍史』の谷甲州はネパールを宇宙に最も近い国と書いていた。*1
日本で宇宙に最も近い場所となったのは、種子島。
現実には絶対にありえない限りなく澄んでいる夜空。
見えるのは星ではなく、無限の距離を持った宇宙そのもの。
宇宙にも等しい永遠の距離、それが第二部「コスモナウト」の世界。
このエピソードでの主人公と主人公のことを好きになる少女の描写については行動論理がよく分からず印象が薄いのでノーコメント。
ストーリーそのものとは少し離れた感想ですが、このエピソードで日本の一般的な高校生と少しだけ違った世界を描写するための小道具として登場する「高校生のホンダ・カブ」の愛らしさには素晴しいものがあります。自分でも乗りたくなります。燃費もいいしね。
第三部 「秒速5センチメートル」
大人になりはしたけれど何もつかめなくて、だからといってどこかに行けるわけでもなく。
鉄道踏切ですれ違う昔の恋人。忘れたはずさと振り返らない。振り返ったら、他人の人生をきっと曲げてしまうから。
自分の心も目も届かなくなった人にだってその人自身の人生がある。
だから、さよならを言うこともできない。
さよならを言うこともできなくて、何もできなくて、何をしたら良いのかも分からなくて、何もできないのは明らかだと自分自身で分かっていて、それでも何もできないということが寂しくてつらい。
初恋の人が教えてくれた秒速5センチメートルの速さで今年も桜が散る…
総評
「雲のむこう、約束の場所」がさっぱり面白くなかった私ですが今作は非常に楽しめました。
感想がポエム状態になっている部分の多い作品は気分に文章が追いつかず、それでもテンションを保つため割り切らないままで文章制作しています。
今作の、第一部で早々とドラマが一度終わってしまって、第二部からは「すでに終わってしまった物語にどうやって関わっていくのか」という感覚になる構成は独特。
背景美術はあまりにも心情を表しすぎていて、その場所で何かを想うヒトそのものの姿のほうが背景になってしまうほどに圧倒的。言葉と情景で語る。映像の力でヒトは身体から解放される。
恒常性のある世界を個人が一体どうやって受け止めるのかという描写法が「リアリズム」というのなら、今作はほとんど「逆リアリズム」の世界。個人の心情を受け止めるためなら世界はいくらでも変容してみせる。
「種子島に転校するから遠くなって会えないのが寂しい」というより「遠くなって会えなくなるなら種子島に転校する」という感覚。
この手法を気持ちよく感じられるようになったのは、新海誠作品の見方に慣れたから?それとも、進化した映像テクノロジの力?
主人公という一個人の心を表すために徹底的に仕上げられた作品世界は、極限に到達した速度の力で感情を撃ち出す。
はてダ内感想集
*1:意味が分からない場合は純粋に距離を数値で計算してください