放課後は 第二螺旋階段で

筆者の気の向くままに書き連ねアーカイブするクラシックスタイルのblog。カテゴリタグによる分類には力を入れております。ネタバレへの配慮等は基本的にありません。「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

何故私のblogが止まったのかという話

 id:mekpsyさんが書かれた「書くと自分が削られる感じがする人」という話について、一段細かめに回答です。

  • 自分の文化的蓄積が貧弱なことを実感した。
    • 「広さ」が致命的なほどに欠けている。
      • お盆の上に砂山を盛っていくことで能力向上を表現する例えで言うと、小さなお盆に砂を盛りすぎて何をしても崩れが出る状態で、もう少し語彙があれば間違いなく違う表現を使っている状況が増えたり、思考範囲の限界に当たっていると実感することがあまりにも増えすぎて苦痛を感じるほどになっている。
        • お盆を広くするために質より量を入れたい。
  • もともとの日本語能力が低く、修飾語のかかりなどがきわめて悪く、推敲を重ねておかないと人間が読める代物ではなくなるので、最低でも2日は寝かせながら文章を製作。
    • 深さや質を得るためのエントリ製作にこれほど時間がかかるのなら、何も書かずに量をこなしたほうが良いのでは?という疑問が確信に近づく。
      • 日本語を読まずに日本語を書いている状態。
    • 書かなくても自分が何が分かっていないのか分かる事柄が増えている。
      • 文章を作っての100%把握をやめて書かずの80%で済ませて、残り20%を詰めるのに使うエネルギーを他のことに投じた方が良いのではないかという感覚。
  • 常にひとつ前より濃いものを書くように心がけていたところインフレ状態発生。製作労力が膨大に。
    • それほど気合を入れているわけでもないつもりでも、3時間で書き上がったら「早く終わった」と感じるくらいの速度感覚。
  • エディタで書き終わったところで満足してアップロードするのを忘れがちになった。
    • このエントリも忘れてた…

派生で生まれた感性

  • 自分で自分の続きを書くのが大変になってきたため試験的にクリエイティブ・コモンズ化してみました。
    • 自分のテキストをオンラインスクラップしているユーザを見て、それを禁止するメリットが特に無いと考えたことがきっかけになりました。
      • 基本的には「名文だから、面白いからスクラップしたい、転載したい」というポジティブな動機に動かされているとみられるため。
    • 自分が大雑把で問題点に気がついていないだけかもしれません。
  • 自分のコンテンツ管理感覚は、やたらに移転を繰り返したり過去絵を消したりするイラストサイトを一ファンとして見たときに感じる「勿体ない」という感情から影響を受けています。「自分の美しさまだ知らないの」*1という感じです。

*1:宇多田ヒカル「Beautiful World」参照