放課後は 第二螺旋階段で

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これがジオン公国の独立 「月は無慈悲な夜の女王」 ロバート・A・ハインライン 訳:矢野徹

人類が増えすぎた人口を月に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。低重力の衛星は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。

西暦2076年、月世界植民地は独立国を名乗り、地球国連加盟国に戦争を挑んだ。

 『機動戦士ガンダム』のモビルスーツの元ネタとしてはロバート・A・ハインラインによる『宇宙の戦士』が有名ですが、ジオン独立戦争の元ネタに当たるのは今作。そのため、はっきりと「勉強」として読みました。


 月宇宙植民地の環境と成立経緯について徹底的な考察が行われている作品です。

 必然的にきわめて限られる人的資源、開拓地であるため偏った男女比から作られる独特な社会制度、限られた水と有機物から来る生産消費システムと経済制度、地球という底を持つ重力井戸の上に立つ国土と国際政治力を導き出している。さらにそれらを全てフル活用しての革命戦争を描く。

 有名な「マスドライバー投射質量兵器」でさえアイデアのほんの一欠片に過ぎません。

 キャラクター造形については「箱の中の探偵マイクロフト・ホームズ」をはじめ、この独特な世界を前提にして生まれ育った今作内でしかありえない者ばかり。それがさらに作品の完成度を高めています。

 物語としてどうというより、想像力の果てにある複雑精緻なメカニズムに面白さの重点を置いた、SFとしてきわめて分厚い読み応えのある作品でした。

箇条書き的な感想

  • 翻訳はかなり読みづらい。私が中学生位の頃は矢野徹翻訳作を平気で多数読んでいたけれど、論理性が高まって細部にこだわるようになった今では意味が通るように読解するのに一手間。
    • There ain't no such thing as a free lunch. 「タンスターフル(無料の昼食などない)」に「飼い殺しになるよりは犠牲を払っても独立したほうが良い。さもなければ永久に余計な負担を強いられる」という含みがある描写は、原著ではもっとはっきり出ていたのでは?
  • 法律が無くとも協調性の無い者は環境によりたちまち淘汰される月面世界はまるでリバタリアンの夢。
    • 猛烈に強い淘汰圧がかかる環境から生まれる社会システムを描いたSFは面白い。いま毎回楽しみに見ているTVアニメ『新世界より』では、人を簡単に無制限に虐殺できる呪力が存在しても成立する社会を描いていてこれもまた面白いです。
  • 限られた水と有機物で作られた農作物を地球に対して投射してしまうことで資源が元素レベルから枯渇する描写は、バーチャルウォーター概念の前身と言えるでしょう。
    • カリフォルニアの洗濯物がハワイに送られ綺麗になって送り返されていたという挿話は実話なのだろうか?あまりにも壮大な資源の無駄遣いです。
  • 戦時体制下の内需急増をインフレのみで吸収する手法は現実に行われたのか気になっています。(軍票ではなく現金そのものを増加させて支払う)
  • 作中に少しだけ登場したコンピュータ自らが問題を理解しプログラミングできれば最速になるという理論で、ソフトウェア研究者が自然言語処理機械学習に力を入れ続けている理由が感覚的に少し分かりました。
    • 人間がプログラミングしなくてもよく処理速度を機械的に向上するだけで問題解決速度が上がり続けるコンピュータ……それは万能の神に一歩近づいている。
  • 爆撃軌道に乗せた質量兵器が時刻表通りピンポイントで列車のように続々激突する体制を作っての国家承認交渉は緊迫感と爽快感ともに大。
  • 「できるなら、きみの敵をきみの友人とする余地を残しておくことだ」

この後に読むと良い関連本ノート

 『機動戦士ガンダム』の素その1。アクション満載翻訳快活で読みやすい。これぞアメリカ魂という感覚が私的にも思い出深い作品。
宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))

 タンスターフル、ありですか?
フリーランチの時代 (ハヤカワ文庫JA)

極終盤の展開に関する疑問

 既読者でなければ全然意味がわからないとも思いますが畳みます。




 独立戦争の大詰めで、地球政府が月植民地に作った初期型マスドライバーが地球軍の空爆を受けて大破することで見かけの対地球戦力を全喪失した上に月からの食料輸出を合法的に停止し、その後で秘匿されている月世界新造のマスドライバーから質量兵器を投射してカウンターアタックを加えるのですが、この作戦が上手くいく理由がよく分かりません。


 時系列順に並べると°

・地球側からの見た目(戦場の霧、誤解)

  1. 質量兵器多数被弾。後続の弾丸は軌道上待機済み。
  2. 月面マスドライバー破壊。月の対地球火力全喪失。
  3. 軌道上で待機中の質量兵器がさらに地球着弾。
  4. 交戦能力も交易能力も全て失った月と自然終戦


・月からの見た目(現実)

  1. 質量兵器多数投射着弾・後続の弾丸は軌道上に待機済み。
  2. 月面旧マスドライバー破壊。地球から見た対地球攻撃力全喪失。
  3. 秘匿されていた月世界人製の新マスドライバーからさらに質量兵器を追加投射。以前より軌道上待機中のものとして地球着弾。
    • ここで新マスドライバーの存在を秘匿し続けられた理由が不明。軌道の逆算は不可能?
  4. 国家承認・終戦
    • マスドライバーを使っての地球への農作物輸出圧力を受けないで済む理由がよく分からない。

 終盤の読み込みに致命的なミスがあったのかもしれません。ただ、あえてマスドライバーを破壊させることで自由を手に入れるというその発想にはカタルシスがありました。