放課後は 第二螺旋階段で

モバイルでは下部のカテゴリ一覧を御覧ください。カテゴリタグによる記事分類整理に力を入れています。ネタバレへの配慮等は基本的にありません。筆者の気の向くままに書き連ねアーカイブするクラシックスタイルのなんでもblog。「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

死を知りえないと知っていると思う 「ソクラテスの弁明」 プラトン 訳:納富信留

 私がギリシャ哲学に興味を持ったのは

  1. ネットでよく見る評論系の人びとは伝統的にフランス辺りの現代思想とその新語造語をひいているけれど、古代哲学を扱えるようになるとそれに対するカウンター的な力が得られるんじゃないかな〜?
  2. 現代思想タイプが多数派で古代派は数的少数なのでその視点からモノを見て書くと独自性が出るんじゃないかな〜?
  3. 私的に必要な原稿に「古代ギリシャの哲学者いわく……」という挿話を入れるとウケるかな〜?厚みや説得力が高まるかな〜?

 以上3つの要素からでした。

 実際の所は効果があったのか不明で、話題も1つのモチーフを変奏したものの繰り返しになっている部分が多くちょっと飽きてきた感も……知の筋トレで粛々と鍛えられたという達成感は若干ありますが。


 本書はプラトン最初の一冊としてよく薦められるもので、その役割にふさわしく、「不知」(いわゆる無知の知)、知りえない死とそれに対する恐怖の意味、神に従うための論理がまとまって登場するため非常に高密度な内容でした。ですがプラトンの他の本を読んでからでなければ若干実感には乏しいかもしれません。プラトン本はAを理解するための部品がBにあり、Bを理解するための部品がCに含まれている印象です。


 本書の主人公たるソクラテスは神から「ソクラテスよりも賢い者はいない」という言葉を受けます。そんなはずはないと考え、詩人や職人やソフィストなど有力な人々を訪れ問答により確かめた結果、彼らは知識と弁論術には優れているが、真の徳(アレテー)を知らず、それを知らないということについて思いも寄らないという気づきを得ます。

 そして「知らない事を知らないと思っている」点でソクラテスは誰よりも知者であるという結論に。(ただしこれは人類の基準であり、神の知と比べると無にも等しいもの)

 この「不知」すなわち「知らないということを知っていると思うこと」から、人は死後どうなるのか誰も知らず、最大の善き事かもしれないし、安らかで平和な眠りのようなものかもしれない、ならば恐れは思い込みに過ぎないという論理が現れ、ソクラテスの最期へとつながります。

 この展開は恐怖や不安に騒ぐ弱さが欠片もなく、完全に論理と哲学に生きている様が人間として常軌を逸した強さです。

 歴史的名著で、これを読んで現代人としてどう活かすという感想はありません。状況が特殊、極端です。論理を極めたものがどのような態度をとるのか?という事例の一つにしかなりません。


細か目の話題

  • ソクラテスの弁明』は高校生のレポート課題に出されることが多いらしい?私は高校を出ていないのだが、随分と難しい課題を出すものだと思う。もしも書くならば「ソクラテスは何故死を恐れなかったのか?」をポイントにすると良いのではないかと考えます。
    • 自分も書ける自信無いなぁ……可能ならばそのための教育を受けてみたい。
  • プラトンの芸術(詩作)に対する非難が本書に登場。「不知」に特に反するという。自分が何を描いているのか知らないままに思考よりも大きな傑作を生み出している、そのために本当の徳を知らないと考えもしないという論理展開。正しいけれど古代人的堅物という印象もありますね。
  • 有名な「無知の知」は誤り?「知らないということを知っていると思う」位でソクラテスもまた人間でしかない。だから「不知」であるというという。
  • 古代ギリシャの人的資源は非常に乏しい?武勲ある兵士で哲学者で政治家といった万能人の出現率が異様に高く、極少数の人間の間で要職をローテーションしている感あり。ポリス制で人口そのものが多くならないため?
  • 古代は言葉の意味について非常に厳格になることが哲学という色が強いため、現代的な新語・造語多数とは全く逆のスタイル。私は時間に鍛えられた古代のほうが汎用性が高いと考える。
    • 現代系の人々が作る新語は、定義が甘く基礎が弱く不要不急で汎用性が無い代わりに狭い範囲で高い性能を発揮していると見ています。
  • 最近の書き方がどうも無機的無味乾燥で後日見返した時の面白みに欠けていて、口語的な普通の日記寄りにしたくなったので文体を若干変えました。

関連本ノート

 クセノフォン『ソクラテスの弁明』を唯一収録。内容が全く違うという。新訳の『クリトン』も収録。
ソクラテスの弁明・クリトン (講談社学術文庫)

  • 『イオン』

 プラトンの詩人批判(芸術批判)はこれに集積されている。イオンという名のホメロスの詩を吟唱する詩人との対話。
プラトン全集〈10〉 ヒッピアス(大) ヒッピアス(小) イオン メネクセノス

  • 『国家』

 哲人国家に詩人はいらない?おそらく『イオン』を受けての内容。
国家〈上〉 (岩波文庫)国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8)