放課後は 第二螺旋階段で

モバイルでは下部のカテゴリ一覧を御覧ください。カテゴリタグによる記事分類整理に力を入れています。ネタバレへの配慮等は基本的にありません。筆者の気の向くままに書き連ねアーカイブするクラシックスタイルのなんでもblog。「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

風立ちぬ回想編 「零戦 その誕生と栄光の記録」 堀越二郎

新入りの私に対して、グループの人はみな親切だった。机はなるべく明るいところがよかろうというわけで、窓ぎわにしてくれた。ただ、夏は窓をあけておいたので、海からの風の強い八月などは、机や図板の上が、こまかい砂埃でじゃりじゃりした。消しゴムのかすを払い落とす羽ぼうきで、よく砂ぼこりを払い落としたものだった。

 今年のジブリの新作映画は宮崎駿の「風立ちぬ

 この作品はモデルグラフィックス連載時に読み、題材も描き方も戦史系の見方を愛好した後離れた独特の見方が魅力的で、しかしストーリーを描ききった感には乏しくパイロット版的な雰囲気があったのですが、映画になってフルスケールで再登場です。

 私は大戦機とアニメ共に好きなので、この奇跡的交点から生み出される作品を大いに楽しみにしております。その力を最大化するため、予習としてこの本を読みました。

 まず全体の感触を一言にまとめると「これが最高の零戦本の一つ」です。どんな戦記よりも、メカニズム本よりも、歴史小説よりも、まず初めにこれを読めば「零戦」というマシンが誕生し寿命を迎えるまでに生きた世界全体をクリアにつかむことができます。

 堀越二郎自身の執筆による零戦本の中でも書かれたのが比較的遅めの年代のためか、俯瞰的視点と個人的視点の両立、思考の詩心ある表現とその洗練も非常に進んでいます。*1

 1930年代の名古屋で三菱重工業の会社員として生活すると見える風景、日常化した零戦の開発、金属ではなく創造性から生まれた機械であるという視点がこの本に活き活きと記録されています。

 陽の光の暖かさ、超々ジュラルミンのひんやりとした冷たさ、機体を推進するエンジンが吐き出す排気炎、全てに対する愛着の回想です。

■細々箇条書き

  • まだ航空機の発明からそれほど経っていない新設の東京大学航空工学科での学生時代、アクロバット飛行に同乗するも全く訳が分からないというシーンあり。映像や航空ショー見学でイメージを掴んでいる現代人だと、頭脳が適合するまでの時間がこの時代の人間より格段に短いかもしれない?
  • 名古屋にある会社の工場そばの空き地で当時珍しいゴルフの練習をしている人を見かけたり、昼食にきしめんを食べたり。
  • 昭和12年の日華事変に参加した三菱製の戦闘機、九六式艦上戦闘機の戦いぶりから、敵航空戦力撃滅は基地に対する地上攻撃よりも、空中でパイロットもろとも撃破した方が効率が良いと考えられるようになった。
    • 日本陸軍爆撃機が小型爆弾多数搭載に最適されているのは、高速で侵攻し敵航空軍が離陸する前に地上破壊もしくは滑走路の使用不能を狙う、冷戦期でいうところのトーネードIDSのような思考で作られたという説があり。(未確認)
  • 日中戦争下での設計のため、高速・格闘・長距離護衛のすべてを揃えさせる仕様書に対する異議は全然認められなかった。
    • 装甲のことを考える余裕などない。装甲板を搭載しても撃墜を避けきれる訳ではなく空中戦では錘にしかならないので無防御のほうがかえって生残性に優れるとも考えられる。
  • 零戦は20mm機関砲の命中率を高めるために胴体長は長めに、垂直尾翼の面積は広めに決定された。全体が20mm機関砲のプラットフォームへと最適化されている。
    • I-16 や MIG-3 などはいくら高速高性能でも弾丸がほとんど当たらなかったのでは‥‥ Bf109 はレーサー系と戦闘機系が混在した設計思想。翼関係は特に射撃を意識していなさそうだけれど、モーターカノンを基礎とし原則として翼内火器は無しという命中率重視のデザイン。
  • 零戦は高速時の横転が苦手であるという特徴は試作機から存在し認知済み。そのため新たに取り付けられた補助翼バランスタブが空中分解事故の原因に。結果プレーンなものに戻された。
  • 空中分解事故後に模型による風洞試験の欠陥が見つかった際、翼の剛性分布が実機と異なることが問題であると分かったが、この力学的精密模型の製作方法がちょっと気になる。
  • アメリカがカリフォルニア州エドワーズ空軍基地で新型機のテストをするのは天候の安定性とフラットで不時着が容易な乾塩湖という周辺環境のためだが、日本で岐阜県各務原基地がテスト基地となっている理由いまだよく分からないでいる。
    • プロペラ機時代ならどこでも滑走路として使える広い草原が陸軍基地に隣接していたため開設されたらしい。

*1:底本は1970年3月刊行の光文社カッパ・ブックス