連合艦隊vsバルチック艦隊―日本海海戦1905 (オスプレイ“対決”シリーズ)
- 作者:ロバート フォーチェック
- 発売日: 2009/12/01
- メディア: 単行本
(このエントリは2011年01月11日のメモを元に製作した復刻版です)
NHKドラマ『坂の上の雲』を楽しんで、戦史を知るのに最適な関連書籍の一つがこれです。編集力が高くページ数が見事に抑制されています。
日露戦争に到るまでの日本海軍の創設から成長、対する極東ロシア海軍の成長、彼我の兵器テクノロジー、そして戦争に至る経緯、戦闘の詳細、結果まで、幅広い内容を収めて僅か100ページ以下。ほとんどの記述がロシア海軍の視点で描かれているのは日本語書籍として珍しいところです。
人となりや判断と結果は非常によく描写されていて、日本側の東郷平八郎以外のやや無名な指揮官と彼らが受けた兵学校での教育はもちろんのこと、帝政ロシア海軍側の将官・佐官クラスがいかなる社会体制の中いかなる生い立ちでいかなる教育を受けいかなる経歴を経て日露戦争に至り、その後に来る激動の革命期における運命までも知ることができます。
艦艇に関しては「対決シリーズ」というタイトルに反して個々の海戦における艦艇の動きはそれほど詳細に描かず、結果と戦略的意義を重視する記述法を採用しています。これは意外で拍子抜けしました。
運と海戦
ロシア海軍視点で日露戦争の海戦を見ると、日本海軍の砲弾は異様なほど的確にロシア艦隊の指揮系統を破壊していて「運」というものを自ずと考えさせられます。
ロシア海軍一の名将として名高いステパン・マカロフは着任して間もなく座乗していた旗艦戦艦ペトロパヴロフスクが戦闘せずして触雷沈没で死亡、それを引き継いだヴィリゲリム・ヴィトゲフトは黄海海戦へと展開することになる旅順からウラジオストクへの航海前に「諸君、あの世でまた会おう」という趣旨の挨拶をして士気をめちゃくちゃにした上に旗艦ツェサレーヴィチの司令塔への直撃弾で挽回することなく戦死。
ヴィトゲフトを仕留めた砲弾は同時に操舵手も即死させて舵は左一杯の位置で固まってしまったので、ロシア艦隊の陣形はバラバラになって全艦が戦闘困難状態に陥る…たった一発でこれほどの結果をあげたのは海戦史上で唯一と思われる。
この砲弾がなければ、日本海軍は黄海海戦でかなりの被害を受けていた可能性が高い。
さらに日本海海戦では、ロシア戦艦司令塔スリット近くに着弾して操舵手を仕留め陣形を崩し、その後今度はロシア艦隊旗艦司令塔にも砲弾が命中し、司令官のロジェトヴィンスキーを戦闘不能に追い込む。
練度と海戦
日本海軍の勝利は確率論的である。「百発百中の砲一門は百発一中の砲百門に勝る」という東郷平八郎の有名な演説があるが、日本海軍の勝利の実態に近い表現にするならば「百発一中の砲百門は、百発一中かつ発射速度が半分の砲を圧倒する」といったところ。
命中率に関しては、士気も練度もほとんどゼロでしかないロシア海軍と日本軍の間に大差はありません。0.6%程度。
99%のシステムの上のラストワンマイルを1%の努力で走る。
小口径砲弾による人員の殺傷や火災といった、浸水を伴わない船にとっては問題のないダメージでも士気崩壊して茫然自失状態になると交戦はもう不能。
ハードウェアと海戦のメモ
- フランス海軍から影響を受けたロシア海軍で採用されたタンブルホームは衝角や魚雷によるダメージ軽減と、甲板面積の縮小による重量軽減と装甲防御力の強化を狙ったものだという。ダメージコントロールに難があり復元力不足で転覆しやすい問題は特に触れられず。タンブルホームだから沈んだという印象もこの本の記述では特にありません。大打撃にも意外と耐え、通常の船型でも助からない状況となった場合にやっと沈没です。
- ロシア海軍戦艦の司令塔防御には欠陥あり。隙間が多く防御上の死角があるので、そこを突かれると装甲防御力がゼロとなります。
- バーアンドストラウド社製の最新式測距儀は日本海軍優位の装備だったはずが、命中率にさほど差がない…砲が摩耗するため控えられていた遠距離砲戦の訓練の頻度が低すぎたのかもしれない。
- なぜか高く評価されがちな下瀬火薬と伊集院信管の組み合わせは、この本の記述では「野心的だが欠陥品」という扱いでしかない。黄海海戦での筒内爆発事故発生率があまりにも高く、一発も被弾せずして敵艦より先に戦闘力が失われそうなほどだったため。