放課後は 第二螺旋階段で

モバイルでは下部のカテゴリ一覧を御覧ください。カテゴリタグによる記事分類整理に力を入れています。ネタバレへの配慮等は基本的にありません。筆者の気の向くままに書き連ねアーカイブするクラシックスタイルのなんでもblog。「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

冷戦の答え合わせ 「米ソ原子力艦隊 光文社文庫ミリタリー・イラストレイテッド5」

 これは米ソ冷戦もクライマックスに差し掛かった1984年刊行の本です。スターウォーズ計画こと SDI計画が発表されたのが1983年といえばその時期が分かるというものでしょう。当時10代だった方の思い出トークによく出てくるので読みました。

 当時分かっていたソ連海軍情報が集約されていて、結果今の感覚とかなり異なった装備体系が採用されている様子がよく見てとれるのが面白いところです。


 この本で最大の脅威として取り上げられている空母クレムリン(現在のアドミラル・クズネツォフ)が建造されたのはこの頃なんですね。「クレムリン」は今までにない5万tクラスの超巨大空母であり、さらに原子力ミサイル戦艦キーロフ級への驚きから、この技術を空母に転用すれば1990年代後半には原子力空母さえ出現してもおかしくないという感覚があったようです。

 艦載機は偵察衛星の写真に写っていたMiG-27艦載型・沿岸任務を重視するソ連であるための回転翼対潜哨戒機・何らかの固定翼早期警戒機程度が想定されており、その後にMiG-29という「F-16を意識した戦闘機」になるのではないかとされています。*1現実には当時未発見のSu-33フランカー*2とシュトルモヴィク系のSu-25となりました。ところで、現在搭載されているSu-25は沿岸任務で揚陸部隊を撃破するといったシーンを想定しているのでしょうか?艦載機としては航続距離もスピードもなければ搭載兵装の射程も短い機種なので気になる所です。

 対するアメリカ海軍の新型艦艇の目玉はオハイオ級戦略ミサイル原潜となっております。


 アメリカ海軍の水上戦闘艦は現在のようにオールイージス化がほぼ完成してアーレイバーク級とタイコンデロガ級ばかり、空母もニミッツ級ばかりといった単純化された編成でなく、テリア・ターター対空ミサイルシステムからスタンダードに換装した原子力巡洋艦群が主力となっています。今はもう絶滅した艦種ですね。ほか、その下に多数のスプルーアンス級オリバー・ハザード・ペリー級、ノックス級など対潜特化・対空特化に分かれた艦艇多数が続きます。

 攻撃型原潜はこの段階ですでにロサンゼルス級に集約されているのだから、このクラスを使った対水上戦能力への自信は相当なものだったと思われます。アメリカ海軍は2017年現在でも対艦ミサイルは音速超えられないハープーンで済ませていますしね。水上艦艇はまず潜水艦、次に空母艦載機で沈める。この考え方が徹底しているのでしょう。


 ソ連海軍の艦艇はクリヴァク級やウダロイ級など対潜特化型に力を入れているようです。核を搭載した潜水艦が何よりも脅威であるため当然といえば当然の方向性ですね。ですが現在の感覚では防空能力のあまりの低さに不思議な印象を受けます。対艦ミサイルの飽和攻撃が有効であると明らかになったオケアン70演習から13年程度の段階ですが、ソ連が2000年まで続いていれば対艦戦闘特化型のスラヴァ級が多数建造されていたのでしょうか?それでも物足りないとキーロフ級が大量建造されていたのでしょうか?巡航ミサイル潜水艦を多用する独特の編成がさらに進んでいたのでしょうか?今となっては分かりません。


 SLBMに関しては、今標準化したトライデントD5やR-39のような射程8000km超級ではなくポセイドンC3など5000kmクラスのものが多いため、戦略ミサイル原潜はやや前進気味に配備されており、それを攻撃型原潜・対潜水上艦・対潜哨戒機部隊で迎撃するといった想定が多いのが現在の感覚と異なっている印象です。本国の近海で防空圏内の「聖域」に潜るか、対潜哨戒機も届かない大洋の中にいる動きはまだ一般的なものになっていないようです。


 潜水艦関係で何よりも異様なのは、SALTの規制がかかる前に全速力で核弾頭搭載型巡航ミサイルの配備数を増やして既成事実を作ろうとする様です。規制対象となる「核兵器の運搬手段」には、ICBMSLBM爆撃機が含まれていても巡航ミサイルは除外されていたのです。第二次世界大戦以前、ワシントン海軍軍縮条約以降・ロンドン海軍軍縮条約以前の重巡洋艦量産無規制時代のようですね。攻撃型潜水艦に搭載されている巡航ミサイルは投射弾量の少なさの割に高コストではないかと感じていたのですが、元々はこういった流れがあったのですね。

ほか小ネタ

  • 600隻艦隊構想における戦艦の復活はベトナム戦争での艦砲射撃の有効性の影響大。核搭載の巡航ミサイルも多数装備し圧倒的対地攻撃能力を誇ります。
  • 海上自衛隊設立当時アメリカは日本に軽空母を供与するつもりでいて、S2Fトラッカーを使った着艦訓練まで受けさせたという話が気になります。これは維持費のあまりの高額さでなくなりました。
  • 潜水艦母艦が洋上でジェームズ・マディソン級戦略ミサイル原潜ダニエル・ブーンのトライデントC4を交換する写真が掲載されているのですが、この種の大規模な潜水艦母艦は現在も運用されているのでしょうか?
  • ソ連の典型的対潜哨戒機、IL-38メイは今どれ位運用されているのでしょうか?Tu-95の対潜哨戒型Tu-142が主流となっている印象があります。この機種、プロペラ機ですが想定巡航領域を考えるとP-3CよりもP-8あるいはニムロッドに近いですよね‥‥多分。
  • このblogにおけるミリタリー系の話題の空白期間に、私の関心が第二次世界大戦そのものから戦後すなわち第二次世界大戦の総括、そしてそれを踏まえての米ソ冷戦体制の確立へと移っていったため、若干孤立した記事になっています。

*1:MIG-29の西側における発見は1986年のフィンランド。それ以前は情報があいまい。

*2:Su-27の西側における発見は1987年のノルウェー

『ベイビー・ドライバー』はまさにアメリカの映画だった

ベイビー・ドライバー(初回生産限定) [Blu-ray]
ベイビー・ドライバー(初回生産限定) [Blu-ray]

 「任侠映画が流行していた頃、映画館から出てくる人は肩で風を切っていた」といいます。

 レイトショーで見たこのカーアクション映画も近い感覚がありました。

 私はバイク‥‥すなわち後輪駆動で、四輪車と比較すると相当に加速の良い乗り物で見に行ったものだから、帰り道は「スピード浴」をするために50km程遠回りして帰宅したのでした。

 走るにはあまりにも遅い時間で、インカムで聞ける音楽はラジオ深夜便の古い古いものか、FMの曲紹介が一言も入らないような洋楽番組。真っ暗で誰もいないロードサイドでたまに見える灯りは24時間営業の少しあやしげな店。ハイスピードによる風切り音と周期的な気圧変化がパタパタと耳の鼓膜を叩く。そのとき、心はアトランタの20号線。ランドマークのない匿名的な都市を抜ける道。


 以前より「1960~70年代初めのイタリアやフランスの犯罪エロチックコメディ映画が好き」と何度か書いていますが、それらの作品群がまさにその時代のイタリアやフランスであるのと同じように、今作は非常に現代アメリカらしい作品だと考えます。舞台になっている都市アトランタは世界的なランドマークがなく(少なくとも作中で印象的に映るシーンはありません)「あるアメリカの地方都市のお話」として抽象化されているのです。そこで車に乗るしかない人生、乗れない人生の交錯が描かれます。中心部はそれなりに栄えているけれど、幹線道路に乗ればすぐ何でもない空間である郊外へと行ける距離感からくる、ほんのささやかな夢の終わりの物語なのです。

 作中に出てくる様々なモノの質感にもアメリカらしさが非常によく出ていて感動しました。ダイナーに吊ってあるモダンなガラス装飾照明の明かりしかない薄暗さ、高級レストランのテーブルの上のスタンドしか照明がない様などなど‥‥日本のコンビニ的な白さと全く違った世界で、昔アメリカの田舎の都市に行った時の事を思い出す空間の連続です。

 話が少々前後しますが、アメリカの郊外は基本的に夜間真っ暗で、遠くに巨大なモールやスーパーマーケットの灯りが「浮き上がって見える」という極端に人工的な環境で生活をしている感覚が独特でした。

 登場する自動車も、冒頭に出てくるインプレッサWRXとラストバトルのダッジ・チャレンジャー以外は趣味性の低い「どうでもいい車」がほとんどなのもまたアメリカを感じる要素です。そのどうでもいい車を次々乗り換えながら激しいアクションをする様に、安くて走れば何でもいい足車を使うアメリカの生活者感覚が重なって見えるのです。

ほか取りこぼしネタ

  • 登場人物のキャラクター性がよい。マンガっぽいというのか、全体的にかなりデフォルメされています。
  • 音楽は自分にとって専門外のものばかりなので、曲と映像のシンクロの面白さはあっても曲名等は全く分かりませんでした。
  • テレビ映画で流れるのをみんなでワイワイ見てみたい。
  • イタリアやフランスの古いコメディ映画みたいにノリが良くオシャレであり、さらに言えばシナリオも舞台をアメリカに移して適合させたようなものだという趣旨の文章を書きたかったのですが、「アメリカ地方の空間感覚」というテーマに上手く組み込まなかったためほぼ全カットしてしまいました‥‥。(可能ならばこれを盛り込んだものに書き直したい‥‥)