Amazon.co.jp: スカイ・クロラ (通常版) [Blu-ray]
小説全ての中でも最高級に尖っている森博嗣のスカイ・クロラと、メカニカルなシステムの中で生きる人間の描写に長けている押井守の組み合わせ。
理想的。
それだけの価値があった。
細かめで感情移入度合いが高く指向性の強い内容の感想なので、作品を1度は見てから読むことを強く推薦します。
メモを文章にまとめる能力が致命的に欠けていて一本化すると時間がいくらあっても足りなさそうなので、メモ形式再び。
メカニック描写面限定の感想
原作の本は航空機の用語が分からない人にもかなり読まれているようですが、用語を知って読むと、体操選手が演技中の身体の動かしかたを0.1秒ごとに解説しているかのような細かい描写に気がつけると思います。
それを映像化してしまったのだから、ポイント数は相当なものに。
この項でも無関係な項でも、正確かつ簡単なので航空機用語は何の躊躇もなく使います。
画でも衒学趣味は可能。
- 直線的になった主人公たちの戦闘機「散香」
ノベルス版では鶴田謙二デザインの非常に曲線的な「散香」が描かれていますが、映画版ではそれとは全く違った直線的なものに変更。
ノベルス鶴田謙二版は「耐熱材料以外の技術、例えば流体力学や軽量素材技術は現代並みのハイテク」という印象が強くて好きでしたが、「速度」が映像として直接的に表現される映画では現行の直線的なラインのほうが相性が良い印象。
- ティーチャの「スカイリィ」
機首環状冷却器などから「Fw190Dっぽい?」という印象がありましたが、動いているのを見ると似ている機体がない。
段付きテーパー+微妙に逆ガル+薄翼から「ホーカー・テンペスト」的な印象は若干あり。
機銃発射時に翼下面のシュートから薬莢を猛然と捨てる様は画になる。
- オタに人気のリヒテンシュタインレーダ搭載機の名前は
「泉流」
「ユンカース・Ju188」っぽいガラスの卵のような機首から少し光が漏れるのは美しい。
蛾の触角のようにリヒテンシュタインレーダシステムの八木宇田アンテナを突き出しているドイツ夜間戦闘機はファンが多い。
私も好きで、機会をつくって「ハインケル・He219ウーフ」などをエッチングやレジンを使った徹底精密仕上げにするのに挑戦してみたい。
- 三ツ矢の双発戦闘機「染赤」
背が丸すぎて「そこに一体何が入っているの?」って不安に。
コクピットを胴体搭載火器よりずっと前に出すという実際の機体ではおそらく無かった方式で機首が極端に絞れているので相対的に中央部が太く見えているだけなのでしょうけれど、不思議な感覚。
- 撃墜されるパイロットが脱出する瞬間プロペラが飛散
散香のようなプッシャタイプの機体は脱出時にパイロットが巻き込まれるのを防ぐために爆薬でプロペラを破砕する機能がついていますが、きちんとその描写あり。
破砕されたプロペラがプロペラ型のままでなく、ボスから外れたブレードが遠心力で四方八方に飛び散る描写まであり。
- 英国式操縦桿
スピットファイアなどイギリスの戦闘機の操縦桿は先が輪状になっていて、右手でも左手でも両手でも扱えるデザイン。
散香の操縦桿もこのタイプ。
右手でスラットの操作をして左手で操縦桿、次カットで右手に操縦桿を持ち替えて左手でスロットルと複雑な機動を比較的簡単にこなすことができ、映像的にも納得しやすい。
今作の考証はフォースの英国面の主導者・岡部いさくによるもののため、この方式に?
- スラットの開閉
失速系の機動を使う際、前縁スラットを手動で引いて失速速度や仰角をコントロール。動作が急激なので音も「ガンッ!」という激しいもの。
メッサーシュミットBf109に乗っていた人の回想録で、急旋回時にさらに詰めようとするとスラットが動作し「ガンッ!」という相当な衝撃があり、これに驚かないベテランだけが真の性能を引き出せると書いていたのを見かけた記憶があります。
Bf109はこのスラットの効果で、格闘戦能力に優れると言われるスピットファイアよりさらに一段きつく回ることができる。
- 対気速度ゼロ
失速系の機動を使うとき、風の当たらない中で力を振り絞るエンジンが過熱して陽炎が見える描写あり。細かい。
- 不時着機のプロペラ
足が出ないまま接地してしまったプロペラ機のプロペラはその回転方向から地面にぶつかるためブレードが一方向にねじ曲がる。
散香の二重反転プロペラもそれぞれの回転方向通りにきちんとねじ曲る。
自然に曲がったブレードを作るのは悪夢的モデリングだったのでは…
- 高湿度を飛ぶ
悪天候時、プロペラが雨を引いて螺旋を描く。
極東アジアの夏に出撃するF4Uコルセアの写真にはよくプロペラ翼端から出る水蒸気の渦が写っていて、それを彷彿とさせる描写。細か格好良い。
- エンジン始動に必要なものは…
動力車がスピナ中心の始動用フックに棒を繋いでエンジンをかける。
- 「足が短い散香は増槽を捨てるな」
交戦開始の瞬間に編隊機が一斉に増槽を捨てる意味、知らない人が見て分かるのか若干気になります。
この文法を読める人の割合は圧倒的多数ではないため、解釈が無為に分かれそうで。
増槽投棄は時代劇で刀を抜くのと同じような緊迫の始まり。
- 格闘戦発生頻度が高い?
「キルドレ」というシステム上、全員が第二次世界大戦の300機撃墜エースを大幅に上回るほど戦闘経験量が多く、索敵能力は高止まりでそれほど差がつかず、第一撃の回避能力も驚異的に高いため一撃離脱がほとんど成立せずこうなると私的に説明がつきました。
- 散香の空中給油方法
プローブ&ドローグタイプ。
ヘリコプターのように回転翼部分が露出している機体が多いためこちら?単に絵的に栄えるから?
- 射撃照準器
光像式照準機のレティクルがガラスに写る描写の正確さは、光と透過の描写が人手より圧倒的に得意なCGならでは。
- 爆撃照準
重爆撃機の目標地点到達後、全方位が透明なグラスノーズタイプの座席に搭乗して複雑な光学器械を動かす爆撃照準手をクローズアップ。
ここで、味方機がいくら被害を出していようと戦闘機隊が交戦中であろうと、一切の台詞も無駄な仕草も無くひたすら冷静に狙いをつける爆撃手は格好良い。プロだね~。
この前後で音声の説明が無いままに地面を見下ろすカットや爆弾倉を写すカットがあるのは緊張感強大。
- きらきらの飛行機
ナチュラルメタルや銀ドープのキラキラした光やアクリルキャノピの微妙な反射はCGの長所がよく出ていると感じる。
- エンジンの音
レシプロ・プロペラ戦闘機特有の殺意がある角の立った音を再現。
君臨する者・ティーチャのスカイリィは低音成分が多め。
ポルシェは空冷…ってあまり空冷っぽくなかったような?バタバタしすぎて格好悪いから抑えてある?
スクータは2スト。ぱららん。
- 出撃前ブリーフィングがエースコンバット
ナムコから「イノセン・テイセス」という今作をテーマにしたゲームが発売されるためか、出撃前の進撃順序解説はエースコンバットそのもの。
地図の上を半透明の矢印とアイコンが走る。
ゲーム「イノセン・テイセス」は本編シリーズの言葉遊びタイトルを継承した感覚でよい。
- シノダ・ウロユキがいつも読んでいる模型雑誌
モデルグラフィクス誌。ロゴで分かります。
- 横風着陸?
どの機体もプロペラの反トルクの影響を受けない構造なので直進姿勢で着陸します。
オープニングだけ斜めの横風着陸。これには何か作劇上の意図があるのでしょうか?ほんの少し特別な区切りの着陸という意味?
- 切り分けの上手さ
まじめに理詰めで言えばおかしい部分はいくらでもありますが、映像的に栄えるか否かを考えてバランスがとられてます。
映像とストーリー面の感想
- 初めて見た押井守の映画
今作までは「映画と同じくらいの尺を持った映像でできた何か」だったのではないかという感じがするくらいに印象が違います。
長回しするようになったから?
間の取り方に余裕ができたから?
観客の理解レベルのコントロールが上手くなったから?
劇場で見たから?(笑)
- CGの違和感が生きる
空は地上と全く別の文法が支配する世界で、そのことを表現するのには2Dアニメと質感が合わせられていないCGのぎらついた描写が非常に高い効果をあげていると感じました。
- 空中でのカメラの動き
空中固定カメラが完全に無い?
機内描写かチェイス機からの撮影かのどちらかといった雰囲気。一人称視点的迫力。
- 散香の出撃が同ポジ
エンジン始動からタキシングまで。繰り返しの強調。
- ティーチャのスカイリィの戦技
ヨーイング系の動きが激しめ。低速でもプロペラ後流が使えるトラクタだからこのアクションがつけられた?
不思議と威厳を感じたアクション。
(カメラからそう見えるだけで座標的にはそう動いていないかもしれない?けれどそれは映像を見る上で重要な問題ではない)
- 神として君臨するティーチャは決して自ら仕掛けない
仕掛けてきたものは皆殺し。けれど仕掛けてこないものを仕留めることはない。
繰り返しのシステムに刃向かう者は、非日常を求める者は、絶対に仕留める。脱出も許さない。
(大規模作戦のときでさえ三ツ矢がキルドレから先に仕掛けたときちんと説明していたはず)
「ティーチャには絶対に勝てない」というのはこの作品世界の前提になっている原理で「永遠というものが無いヒトがいつか必ずぶつかる壁」が具現化したもの。
相当な広さの世界を規定する力を持っているティーチャとの戦いは「父殺し」というより「神殺し」としたほうが、実体を持って生きている人間の権威がなくなっている今だと正確に感じます。
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- 独自解釈「ティーチャのその後」
今作に登場する人間の中で最も生気のない大人「バーの前にいる老人」
この人物が一番最初のティーチャなのではないかと思えました。
世界を1つの仕掛けとして維持し続けるために圧倒的な力を振るう存在は、神でもなければ威厳もなく、限りなく無に近いもの。*1
それでも人は大人とやらにならなければならない!
熱病にでもかかったように動かされる。
- 草薙水素は離さない
この人は母性の象徴?
「カンナミ・ユーヒチくん、また会えて嬉しいよ」と言わんばかりのラストの態度。
繰り返しを尊ぶ。カンナミの全てを手中に収めようとする。
子供なうちにできてしまった自分の子供にいつか追い越されるかもしれないという不安は背負ったまま。
ループに対して一度は挑み、そして受け入れることに成功した人物かもしれない。
最も大人に漸近したキルドレなのは間違いない。
これでもまだ大人ではないという。大人って何なのかな。一番大事と思ったものさえ手放せる人?
ティーチャに挑んだのに唯一殺されなかった。非日常への挑戦が許可されなかった。
ループを一度は受け入れたものの、それに耐えきれないときもあるのか、自殺しようとしたりもする。何故ティーチャに再び挑まず?試されるのが怖い?
草薙瑞季まわりの描写が明らかにならなさすぎたせいで草薙水素の行動原理は若干分かりにくい。
ミステリアスな魅力。
非常に評価が低いですが、「戦闘集団の上司という仕事をさせられている人」という感覚で見たので全く気になりませんでした。
小学校の委員長の喋り方がつたなくて当然で、達者だと異様なのと同様。
草薙水素役への評価は『ソウルイーター』のマカ・アルバーン役の人に引き続いて「低評価が定説になっているけれど何故そうなるのかまるで分からない」という状態なので、アニメ見るリテラシーに問題があるのか少し不安になったりならなかったり。
おそらくは私のほうが正解!(と思わないとちょっと消耗してしまう笑)
- 三ツ矢の混乱
「明日死ぬかもしれない人間が、大人になる必要があるの?」
いつからいつまでが「明日」?
大人になって何になる?どうする?おそらく意味がないのに?
そもそも、大人って何?
テーマ面の感想
思い入れ過大でこの項は客観性が特に失われています。
自分の感性しか武器がないから、それを使う。
- 若者に向けての『スカイ・クロラ』?
押井守はこれを若者向けと言う。
若者の心の荒廃云々の部分は別にしても、これを若者向けというのは相当に絶望的。
私の読みとった結論は
「決して勝てない上にヒーローでもなんでもないごくありふれた存在に自分の意志を殺されながらも再生し続け無限に挑み続けろ決して諦めることもできない」
言い換えると
「凄くもなんともない上の世代を越えることは不可能だけれど挑戦することを止めることもできない」
-
- 私が対象ぴったりだから本当に嫌なんですね、だからこの映画は好きなんです
「希望を持てない人に向けている」と語られているそうです。
自分の感覚では、目標を持っていて、その行為に対して自覚的な人間に向いていると感じます。
私の場合、目標を持つたびに
「それに向かって進んで成功したとしてどの程度の幅に収まるのか(間違いなく革命的なほどの成果はあげられない)、失敗した場合のリスクはどの程度か、一時成功したとしてその後いつどのようにして挫折するのか(永遠は無いのでいつか挫折がやってくる)」と読もうとしてしまって、目標を持つことが不可能に近づいていく感覚を持っています。
だから私はこのテーマが嫌で、好きな作品です。
「神は殺せないと知っている」
「もういないと分かっていても意味が無いと知っていてもそれでも神は殺す」
「最終的勝利を得ることが絶対にないと確信したうえでいかにして生きるか」
- 大人って何?
その定義のうち一つは
「子供、あるいは後から来るものたちに対して、致命的なほど大きな影響を与える可能性がある存在になったと自覚すること」
いくら嫌だと思っていても、自分が子供を抹殺するつまらないティーチャの役割を果たす日はいつか絶対に来る。その時ただ無言で仕留めていて良いものか?語る言葉を持つことが可能とは思いにくいけれど…
これは終始無言の老人を見ての感想。
ここで定義される「大人」にならなかったからといって死んだりフィジカルな強さや物質的な貧富に差が生まれたりすることはない。必然性は無い。
純粋に精神的な問題。
- 「いつも通る道だからって景色は同じじゃない。それだけではいけないのか。それだけのことだからいけないのか」
同じ道から外れたカンナミはティーチャに挑んで死にました。
しかしそれは諦めることでも、負けることでもない。
*1:自分の思考ベースには「神というものは威厳や力といった指向性を一切もたないスカラとしてのみ存在する」という矛盾を含んだ不可知論的な要素があります。神は存在するが人間などには興味がない、それ以前に興味という概念が無いというもの。