放課後は 第二螺旋階段で

筆者の気の向くままに書き連ねアーカイブするクラシックスタイルのblog。カテゴリタグによる分類には力を入れております。ネタバレへの配慮等は基本的にありません。「どうなるもこうなるも、なるようにしかならないのでは?」

燃え尽きた 魔法少女まどかマギカ 第9話 「そんなの、あたしが許さない」

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あらすじ

 さやかが死んだ!

「奇跡の分だけ絶望が撒き散らされる、世の中そうできているのさ」という杏子のやさぐれ奇跡論通り、正しすぎる望みの分だけ巨大な絶望を生み出して魔女化してしまった。

 魔法少女の段階で既に身体が死んでいるのなら、心まで死んでしまった魔女もはや人類とは完全に没交渉な存在である。

 さっそく杏子に襲いかかるが、お邪魔とあらば即参上・即爆破が信条のほむらの火力支援と時間停止術に乗ることで魔女空間からの脱出に成功。

 杏子は未練を断ち切ることができず、さや死体を担いで持ち帰る。

 それに対してほむらは「死体を持ち帰ったからには扱いに気をつけて」との旨を発言し、「てめーそれでも人間か!」と返されるが「もちろん違うわ。貴方もね」とクールに対応。


 翌日。さやかは学校を休んだ。死んでいるから当然だ。それを知る者、未だごく僅か。

 それでも登校するまどかに杏子がテレパシーで呼び出しをかけ、さや魔女を探し出すために協力を頼む。

 一度魔女になってしまっても呼びかければ分かってもらえる、何か元に戻す方法があるはずだと杏子が「愛と勇気の物語」を信じている間だけは、この無機的な街・群馬も、ヨーロピアンでメルヘンの入る余地のある人工都市オーストラリア( ef 的デザイン)のようになるのであった。


 捜索の結果、さや魔女は高速道路の高架沿いの建築現場で発見される。

 魔女空間に侵入する直前、自分は何もせず他人に戦わせてばかりの状況に自責の念を感じていたまどかに対し杏子は「(人々に愛され恵まれた者が) ただの気まぐれで魔法少女になろうとするんなら、そんなの、あたしが許さない」という言葉を与える。

 コンサートホールのような魔女空間でさや魔女としばらく対峙した後、どんな言葉も通じないと察した杏子は、せめてこれ以上魔女を生み出さずに消えるため、髪を解き、祈り、全エネルギーを開放するかのような大技を繰り出し、父の宗教の十字架とさや魔女を一気に貫き大爆発、自決。

 センチメントのために死んだ杏子。

 現存魔法少女暁美ほむらただ一人。

 訪れようとしている最大脅威「ワルプルギスの夜」は決して一人で倒せない……

 誰も未来を信じない。誰も未来を受け止められない。

 次回「もう誰にも頼らない」へ。


回想と感想

 今エピソード序盤の前回から直接つながるさや魔女化・蒸気機関車の恐怖・深夜線路上のシークエンスはキメの画の連続で格好良すぎです。一体どうしてその状態を維持してつなげるのか分からない最高テンション状態。

 背景だけで人物が出ない捨てカット的な画の置き方も、これが理想という位になっています。


 その後のキュウべえ感情エネルギー説明を受けるまど部屋に何故か並ぶ持ち主のいない椅子は、鬼頭莫宏『ぼくらの』を思い起こさせます。この作品の世界では兵器の無人化は技術的に可能なのですが禁止されていて、戦いでヒトが死ぬという抵抗感を維持するための材料として乗らなければならない状態になっているのです。(この方向はあまり深く掘り下げられないまま物語は完結しています)

 エントロピーと感情エネルギー云々の部分は現実的エネルギーと無関係過ぎるので初見時ほぼ無視していたのですが、今見直すと面白い着目点です。他人から思われれば思われるほどに力になり、一人の人間が完成するまでに周りの人々が消費する思いの量と、その人間が周りに与える感情の量に非対称性があるという発想。

 これはOP映像後半まどか決意の走り直前の、身近な人々を思い起こすようにフラッシュカットで連続登場させる部分とも綺麗につながります。


 さや魔女vs杏子のシークエンスは記憶の中の体感時間では少なくとも10分位ありましたが、実時間ではわずか3分+程度という高密度。

 交戦中に杏子の内語で突然音楽が遠くなったり、さや杏の姿がエフェクト化し半液体になって混じりあったりと映像的にもグッとくる表現の連続です。


 放送当時より「さや杏エピソードは BL 」とよく書かれていて、私は BL がよく分からないため上手く表せない部分がありますが「好意に限らず、強さによらず、いつも一人を思っている。たとえ敵対という関係性から始まったとしても。最後だけは絶対に救う。悲劇に終わったとしても」という感情の持たせ方がそうさせるのかと今は考えます。


映像関係限定の細か目の感想

 「このエピソードの演出テーマは、プロジェクション」と言ってしまって良いくらいに活用されています。

 さや魔女世界から一時撤退して通常世界に戻る瞬間、ワーナー・ブラザースのロゴ最初の5秒のように光学的波打ちが投影されたり。(これはアナログ時代から使用されている記憶がありますが、一体どうやって作られたのか全く見当もつきません)

 さや魔女世界の動きや攻撃の描き方にはインドネシアの音楽影絵「ワヤン」をモチーフにしたような部分もあり。


細か目の感想

  • 「杏子編は流し気味で見ている」割に文章長い。二周目のほうが見所が多いエピソード群でした。
    • あらすじが伸び傾向にあるのは短くするのが難しいため。
  • 次回予告までシナリオに組み込まれている隙間の無さ。
    • この回ラストの「死んでいる余裕などない」と追い打ちをかけるような展開が良いと思っていたのですが、今のBD版では特別ED映像が追加されてしまったようです……
  • 人魚姫とユニコーンの話が全然ないのは、パッケージ版追加要素のため。
  • 杏子最後の必殺技シーンが絵的に非常にダイナミック。流れるような展開でスケールアップ。コンテも作画担当者も不明。
    • 2012年12月15日追記:阿部望と判明。

2013年11月25日の追記:この作品は2013年12月25日にBDBOX版が発売されます

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