- 作者:オア ケリー
- メディア: 文庫
1970年代、アメリカとソ連による冷戦は「緊張緩和」の段階へ進み出したとはいえ全面衝突に備える必要性は未だ失われていなかった。
そのとき、アメリカは衛星写真によりソ連の新型可変後退翼爆撃機「Tu-22Mバックファイア」の出現を確認。
機体規模・形状等写真により取得可能な情報から推定される性能により、アメリカ海軍は艦隊防空能力向上が必須と判断し、即座に実行。
空対空戦闘による防空力を向上させるためには、100km以上の射程とマッハ4近い速度を発揮し敵爆撃機が対艦ミサイル発射点に着くより先に撃破可能なAIM-54フェニックス空対空ミサイルを運用可能な、F-14トムキャットの数を増やせれば最も良いということは間違いないものの、残念ながらそれほどの予算があるわけがない。
その代わりとして、新型軽量廉価戦闘機を開発することとなり、空対空専用機を空母に搭載しておく余裕は無いため、一つの機体に多種多様な能力を持たせるという方針も作られることに。
単能機*1やシステム機*2が好きな自分にしてみれば何から何まで中途半端で「空飛ぶ泥縄」といった印象しかなく、あまり好きではない戦闘攻撃機F/A-18ホーネットの開発史本。
アメリカ軍内でも同様の感想を持った人が多いようで、防空範囲の広さならF-14トムキャット、航続距離や武器積載量や全天候能力ではA-6イントルーダー、とにかく爆弾を配達すれば良いのならA-7コルセアII、という具合にそれぞれ得意種目を持った機体がすでにあるので、F/A-18の新規開発を止めてその資金を従来機に投入したほうが良いのではないかという話が何度も何度も何度も延々と出てきます。
それでも、直接戦闘力と同じくらいに重要な要素の、整備作業時間の短縮や、スペースが限られる空母に搭載する予備部品の統一のために、開発は進められたのでした。
反対者を半ば無視し、あるいは黙らせるような実験結果を見せつけ‥‥
- どこに統一するのか
- F/A-18シリーズの持病
- エンジンについて
- 補強の道は長い
- LEXフェンスの仕事
- 意外とあっさり起きるGロック
- F/A-18の低速運動性は空対空戦での勝利に加え航続能力をももたらす
- F/A-18とあまり関係のない余談
- 航空機とさえ無関係な余談
どこに統一するのか
新規開発のF/A-18ホーネットではない在来機に統一して済ませたい、という意見も当然出てきます。
- F-14トムキャットに統一?
空対空性能が最高だけど価格も最高のF-14も、大量生産で一段とお買い得に。そして防空は万全!
それでも高級な空対空装備を満載しているこれを危険な対地攻撃にまで使うなんてとんでもない!
- F-15イーグル海軍型に統一?
F-14とあまり変わらないくらい高いし、半新規ではお金がかかってしょうがない!
- F-111アードバークに統一?
こんなに大きな航空機を戦闘機に出来るエンジンはこの地球上には存在しません!
F/A-18シリーズの持病
最近のE型を開発するきっかけになった問題点「航続距離が短い」「加速力に劣る」という欠点は試作機(≒コンセプト・仕様)段階から出ていて、これはついぞ改善されないままでした。
そもそも、陸上基地を使用する空軍向け簡易軽量戦闘機をベースにするという仕様段階からして無理があったのです。海軍機は幾ら安くても機内燃料で長距離飛べなきゃ意味が無い!
短い航続距離は全ての兵器の中で最高級の価値を持つ空母を危険な敵陸地へ近づけることに繋がるので、致命的な問題になります。
試作機のマッハ0.8→1.6加速は、目標が100秒のところが143秒程度もかかっています。ひどい鈍足。エンジン負荷を減らす為にこの問題は解決しないことにしたそうですが、これほど遅くても大丈夫というのは一体どういうことなのでしょうか。自分にはまるで分かりません。
「Tu-22Mの攻撃から空母機動艦隊を防空する」という初心は一体どこへいってしまったのでしょうか。
そして、弱点を潰すために作られたE型でも、まだまだ短足鈍足気味のようです・・・・・・
エンジンについて
F/A-18用のゼネラル・エレクトリック製F404エンジンは、プラット・アンド・ホイットニー製でF-111・F-14用のTF30やF-15用のF100の改善法として使われた「インテイクから入る空気を整える」方針ではなく、より新しい考え方の「空気がエンジンに突っ込む時最初に触れるファンをのほうを改良して対応させる」方針で作られ、初めから不良が少なかったとのこと。
その方針転換があっても苦労は無くなったわけではなく、乱れた気流を吸いやすいせいかエンジン各部の振動が原因でタービンブレードが飛散する事故が発生。この大規模な故障は、エンジン側で汚い気流を捌くのならそれに見合った強さが必要ということの証左になっています。
故障後はブレード等各部が増厚され強度が大幅に上げられ、一応の解決をみることとなりました。ブレード飛散事故を起こしたとはいえ、こう簡単に解決したのなら、直しても直してもすぐ止まるTF30やF100と比べれば苦労知らずと言っていいくらいでしょう。
余談になりますが、P&Wのほうは直しても直してもすぐ止まるF100エンジンの欠陥を改善をしている途中でさえ殿様商売だったせいか、長年の契約者だった日本航空から切られ、F100が占有していた大型軍用超音速ターボファンエンジン市場でもGEのF110に負けてしまいます。
そしてこれがきっかけとなり、会社の雰囲気が「十分に働いて稼ぐ」から「手段を選ばず最善を尽くす」という方向へ変化することになります。
今、F-22ラプター用のF119やF-35ライトニングII用のF135を作る契約が取れているので、この変化はおそらく大成功といえるでしょう。
補強の道は長い
試作機段階で着陸時に脚が破壊する事故が発生。胴体に折り畳んだ足をL字型に幅広く展開する方式は物理学的に厳しかった。
そのため脚の最弱部分を補強したところ、次に弱いところが壊れ続ける「鎖の強度は最も弱い環の強度によって決まる」サイクルを経験することに。
ここでまた余談になりますが、足の強度不足が原因で起きた事故で死亡したパイロットは、シドラ湾事件でリビアのSu-22Mを撃墜したF-14Aに搭乗していたヘンリー・M・クリーマンでした。
LEXフェンスの仕事
主翼から機首に向かって延びているLEXは空気を切り裂いて渦流を送り出し高仰角時に主翼から気流が剥離するのを防ぐ効果があるのですが、その原理に機体外寄り双垂直尾翼を組み合わせたF/A-18の場合、高仰角時に乱流が垂直尾翼を乱打し速いサイクルの振動が発生するせいで機体後部にクラックが入るという問題が発生。
乱流の量や方向を制限してこの問題を解決するために、LEX上には「LEXフェンス」が突き立てられることになりました。
この項によると双垂直尾翼機の垂直尾翼が大きく・激しく振動するのは珍しいことではなく、F-14では垂直尾翼同士が接触しそうなほど大きく振動し、F-15では先端に搭載していた電子戦アンテナが破壊されていたとか。
それでも壊れない戦闘機って意外と柔軟。
F-15はその後垂直尾翼先端にマスバランスを取り付け振動を抑え、現在は高強度機器が開発されたのか電子戦ポッドを搭載しています。
F-14は・・・何をしたのか分かりません。振動が出ても大丈夫で済んでしまったのでしょうか。そんなわけないですよね。
意外とあっさり起きるGロック
F/A-18の制限値7.5G、F-16の制限値9G、F-15で可能な連続する4・5Gといった大きなピーク値に耐えられるパイロットでも、操縦桿をガク引きして3・4G程度を一瞬で出すと、1秒あたりのG増加量が12〜15G程度にまでなってしまうせいで意識を失うことが珍しくないとか。
この状況に耐えられるようになるには、腹筋を鍛え、反射的にそれを使って血が落ちるのを防げるようになると良いとのこと。
F/A-18の低速運動性は空対空戦での勝利に加え航続能力をももたらす
低速域での性能に特化したF/A-18は、超音速でかかってくるF-15との模擬空戦時、あえて600km/h前後の低速で迎え撃つことで圧倒的旋回性を発揮でき優位に立てたとか。
さらに、燃料を大量消費する超音速域を使わないので戦闘継続能力も高くF-15より長い時間空対空戦闘を継続できたそうです。
実際の所、わざと低速で戦闘を開始するのは行動の自由度に欠けるので危険すぎると思うのですが・・・・・・
F/A-18とあまり関係のない余談
- 第一次世界大戦中にプロペラ回転面通過機銃を考えた人のうち一人はピアニストらしい
「プロペラに防弾版をつける」という力業で解決することを選んだフランスのエース、ローラン・ギャロスはこの本によるとピアニストでもあったとか。
以下の項にはそのことが書かれていませんが。
ローラン・ギャロス - Wikipedia
- ドッグファイトという言葉を最初に考えたのは
イギリスのアーチ・ホワイトハウスという作家だそうです。第一次世界大戦での出来事でした。
- 海兵航空隊誕生のきっかけ
第二次世界大戦中、米海兵隊はツラギ島とガダルカナル島に上陸し日本軍を撃破占領するものの、海軍はその後のフォローを放りだして給油のために空母全てを後退させてエアカバーを無くしてしまう・・・
このことから海兵隊は自らの空軍を持つことを決心するのでした。
- 「F/A」のコンセプトが生まれるとき
日本軍の特攻機に対抗するために空母艦載機のほとんどを戦闘機にしていたら対地対艦攻撃力がまるで足りなくなったのでF6Fヘルキャット等に爆弾を搭載し、戦闘攻撃機が誕生しました。
- レーダー搭載機同士で編隊を組むときの基本法則
レンジが長い機体が後列。
遠くで先頭を飛ぶ敵1機を素早く捕捉したいと欲張らないで、自軍の先頭機が敵の先頭機、後列機は敵の後列機とまとめて漏れなく探知できるように調整しておく。敵の先頭機一つを見つけた直後に攻撃を仕掛けるのはよくある大きな間違いで、このパターンで行動すると敵編隊の僚機に死角を突かれて危機に陥る可能性が高い。
F/A-18同士の編隊なら、先頭機はレーダーレンジをサイドワインダー級の距離に合わせておき、後列の僚機はスパロー級の距離に合わせておく。
F-14との混成編隊ならF-14が最後尾を受け持つ。
- 格闘戦が危険な理由
従来からよく言われている「運動エネルギーと位置エネルギーが共に失われるので危険」ということに加え「目立つ」という問題点が指摘されています。これは自分にとって盲点でした。
旋回格闘戦を行うと機体が様々な方向に太陽光を反射し、その光は非常に広い範囲の敵機を呼び寄せてしまう。
さらに、もし敵機を撃墜したのなら、その時できる爆炎は反射太陽光の比にならない強さで敵機を呼び寄せる。
光や爆炎に集まってくる敵機からの集中攻撃を避けるには、可能な限り一瞬で撃墜すること、時間をかければ撃墜可能な場合でも深追いせずあえて早めに後退するのが重要とのこと。
航空機とさえ無関係な余談
この本は翻訳がかなり悪く、意味が通っていない文章や前後で矛盾する文章が頻出しています。
自分の場合、繰り返して5回以上読まないと何が起こっているのか正確に把握できない部分が何カ所もありました。
開発史本としてはほぼ決定版と言える内容なので非常に勿体ない。