放課後は 第二螺旋階段で

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はじまりの電子戦「夜間戦闘機 ドイツの暗闇のハンティング」 渡辺洋二

 冬といえばドイツ空軍の本土防空戦。そろそろ桜も咲いて冬の空気も去りそうな中の読了です。

 第二次世界大戦の太平洋戦線が空母機動艦隊の対決を特長とするならば、欧州戦線の特長は電子戦でした。その中心にあったドイツ空軍の夜間航空戦の日本語基礎書が本書です。こちらも同著者の「ジェット戦闘機Me262」に続いて、すさまじき情報量となっています。

 大きな流れとしては

  1. 聴音機、サーチライトを組み合わせての人力型空中戦
  2. フライア警戒レーダ、ウルツブルグ照準レーダによる追尾管制、レーダと直結されたマスターサーチライト、目視型サーチライト群を連動させての有視界空中戦 (ヒンメルベット)
  3. 大型長距離化したマムート警戒レーダ、大型高精度化したウルツブルグ・リーゼ照準レーダによる追尾と多数機化した管制、機上のリヒテンシュタインレーダを組み合わせての全天候型空中戦 (ツァーメ・ザウ)

という構成となっています。

 攻撃を優先したドイツ軍のため夜間戦闘部隊の進歩は出遅れがちだったものの、何とかイギリスに追随していきます。

夜戦部隊始動

 まず聴音機やサーチライトなど支援装備を揃えて部隊を編成。

 最初の夜間戦闘飛行隊は第2戦闘航空団リヒトホーフェン内に編成されました。これは、第20戦闘航空団・第26戦闘航空団シュラゲーター・第2訓練航空団内の3コ飛行中隊をまとめた単発機と双発の駆逐機が混在するものでした。

 機上装備品の「リヒテンシュタイン」レーダが開発されるより前の極初期に使用されていたのは、赤外線暗視装置の「シュパナー」という装置。開発タイミングが早すぎてこれは驚きです。まだ1940年頃。なぜか赤外線技術に関して非常に強いドイツです。赤外線投光器と併用するアクティブ型と排気管などを感知するパッシブ式とがあったとのこと。パンター戦車の赤外線夜戦装備を見て1944年のオーパーツ的な印象を受けていたのですが、さらに先を行くものがありました。

第一段階の完成ヒンメルベットとその後

 地対空レーダの本命「ウルツブルグ」が配備され始めるのは1940年夏で、空対空戦闘向けは高射砲部隊よりも後でした。レーダの得た情報は連動するマスターサーチライトと一体化されることにより、他のサーチライトさらには空中の航空機に届けられるのです。

 この方式が「フライア」1基と「ウルツブルグ」2基を組み合わせて敵機と味方機の位置を把握し続け会合させる、今でいうところのGCI管制「ヒンメルベット」へと進化します。GCIは味方機の位置情報精度も優れていれば機上レーダが無くとも夜間有視界である程度までは戦闘可能だったようです。

 これでドイツ本土の夜間防空は一段目の完成となります。バトル・オブ・ブリテン後、「ヨーロッパ大陸はイギリスから孤立した」状況での体制でした。この間は双発機程度の戦術レベルの爆撃とその迎撃が続きます。

 比較的余裕のある状態のため、ドイツ空軍の夜戦部隊はイギリスの航空基地近くまで追尾しての撃滅戦にまで進出するのでした。この作戦は長大な航続距離が必要であり、高速な Bf110 が不適格で、戦闘力に劣っても航続距離に優れる Ju88 が最適です。Ju88 の夜戦型は同じ爆撃機相手の空中戦で勝ち残れるのか長らく疑問だったのですが、こう攻撃タイミングが調整されると有力になる原理もようやく理解できるのでした。夜間長距離侵攻は戦果的には有効だったものの、装備機と人員不足で打ち切られてしまいます。

ヒンメルベットでは足りない。ヴィルデ・ザウから第二段階の完成ツァーメ・ザウへ

 戦争が進むにつれてイギリス軍の爆撃も四発機を使った戦略爆撃へと進化。ここから夜間の空中戦が本格化。

 「リヒテンシュタイン」レーダの実用化はようやくこの頃です。戦闘機の前面から突きだしていて非常に目立つ装備ですが、GCI中心の防空システム全体から見れば全く補助的な感じですね。

 一方イギリス軍はアブロ・ランカスターを中心とする1000機編隊による爆撃機奔流(ボマーストリーム)を開始。ハンブルク空襲として知られることになるゴモラ作戦が行われるのもこの頃です。あわせてチャフの使用も解禁。

 こうなると従来の「ヒンメルベット」方式では探知力も迎撃力も全く不足で足止めにもなりません。新たな戦法として、昼間単発戦闘機をあげて無線標識の周辺で待機させ、サーチライト指示による有視界で戦う先祖返り戦法「ヴィルデ・ザウ」が採用されます。これは飛行性能が高いためか有効でしたが全天候性は無いため、レーダ戦術全体を見直すことに。

 新たに生まれた戦術は「ツァーメ・ザウ」

「ヒンメルベット」は「ウルツブルグ」レーダが一基一機しか追尾できず能力的に同時多数の管制は不可能、さらに陽動作戦を避けるため、レーダサイトごとに防空エリアを区切ってそれぞれに専属の迎撃機があがる方式でしたが、これが改められます。

 新たな「ツァーメ・ザウ」は爆撃奔流に最適化された戦術。

 傍受無線などからイギリス軍集中爆撃予定地を予測し、出撃を探知するとパスファインダー機が接触。空中で動かないチャフと敵機を識別するために遠目から追従。これと並行して戦闘機部隊は空中に上がり無線標識周辺で待機。敵機の進入と共に地上からの誘導を受けて攻撃。敵機侵入中も投弾後帰還中も防空エリアと無関係に途絶えることなく次々と連続攻撃。地上管制は数機の編隊を一単位として管制。

 歩兵部隊にばらばらに置かれていた戦車が一コの機甲師団にまとめられるような感覚で、ドイツ空軍の夜戦部隊全部が1コの部隊のようにまとめられます。新兵器が定着する際に起こる集中運用化の典型例の感がある戦法です。

 レーダーサイト同士の情報交換・迎撃機指定・コース計算を重複も漏れもなく素早く処理するのは必要な通信と計算の量がかなり大きなものになりそうで、SAGEシステム開発への道も見えます。

 これが二段階目の完成で第二次世界大戦終結まで基本となります。

ECM、ECCMの中で終戦

 ドイツの電波兵器に対抗するため、イギリスの新装備が多数出現。
 飛行性能に優れるモスキートによる護衛も相まってエースさえ次々と撃墜される時代が到来します。

 以下はその一覧。

  • 現代のチャフ「ウィンドウ」
  • 狙ったレーダに虚像を表示させる「ムーンシャイン」
  • レーダ画面を乱す(詳細不明)「マンドレル」
  • GCI音声の周波数にエンジン音を流し妨害する「ティンセル」
  • 英本土から送信される偽GCI音声を中継して流す「エアボーン・シガー」
  • 後方警戒レーダ「モニカ」
  • ドイツの敵味方識別装置「エルストリング」に応答信号を発信させる誤信号を送信し逆探知を行う「パーフェクトス」

 対抗してドイツも多数の電子装備が出現。

  • H2S爆撃レーダの電波を検知する機上装備「ナクソス
    • H2S爆撃レーダの電波を逆探知して発信位置を割り出す地上装備「コーフー」
  • チャフと航空機をドップラー効果で識別する「ウルツブルグ」レーダの追加装備「ヴュルツラウス」
  • 後方警戒レーダ「モニカ」の電波を逆探知する「フレンスブルク」
  • 単座機対応の新レーダ「ネプトゥーン」
  • アンテナが突き出さず空気抵抗が少なく高精度なマイクロ波レーダ「ベルリン」

 第二次世界大戦段階でここまで進むかという感がありますね。敵味方識別装置を誤作動させて位置を割り出す「パーフェクトス」など、暗号化技術が進んだ今でなければほぼ対抗不能に思えます。

 急速に進み続ける電子戦、地上軍に占領され次々と使用不能になるドイツのレーダサイトにより、空中戦と支援両面で夜間戦闘機隊はぼろぼろになり終戦へ……

主な登場人物人名録

 紙数的にわずかで飛び飛びに描写される固有登場人物が多く、記憶力になかなか厳しいためノート。

  • ヨーゼフ・カムフーバー

 最初の夜間戦闘航空軍団長。ドイツの夜戦システムは彼一人の間に誕生からほぼ完成まで進んだ。独立心が強かったためか1943年末頃にノルウェー方面へ異動させられた。

  • ヴェルナー・シュトライプ

 夜間戦術開発への貢献大のエース。He219の設計時もアドバイスを行う。機銃発射口が操縦席より後方に置かれたのは防眩のため。1943年の試作機の初出撃時には1度で5機のランカスターを撃墜。終戦まで戦い抜く。

  • ヘルムート・レント

 100機以上撃墜の夜間トップエース。夜戦部隊配属時は「何も見えないので」という理由で転属願いを出すが数週間慰留され、その間に突然コツをつかんだのか急激に戦闘力を増していく。1944年に昼間移動中の着陸事故で死亡。

  • ウィルヘルム・ヨーネン

 戦後に「ドイツ夜間防空戦―夜戦エースの回想」(邦訳あり)を執筆した夜戦エース。

 二人の王族夜戦エースの一人。1944年に戦死。この頃になるとイギリス軍のモスキートによる被撃墜が急増していた。

  • エグモント・ツール・リッペ=ヴァイセンフェルト

 二人の王族夜戦エースの一人。ヴィトゲンシュタイン同様1944年に戦死。

  • ルドルフ・シェーネルト(士官)とヨハネス・リヒター(兵曹)

 シュゲーレ・ムジーク(斜め銃)開発コンビ。初期から終戦まで夜戦部隊で戦い抜く。

  • ハヨ・ヘルマン

 「ヴィルデ・ザウ」戦法の発案者。後にエルベ特別攻撃隊の創設にも関わる。詳しくはこのエントリ。
「ヒトラーの特攻隊 歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち」 三浦耕喜 - 放課後は 第二螺旋階段で