
- 作者:守屋 純
- 発売日: 2009/11/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
タイトルで内容の半分程度が示されている。
第二次世界大戦後の世界において、ドイツの戦争犯罪の全ては開戦直前に作られたナチス系の指揮組織 OKW(Oberkommando der Wehrmacht)(ヴェアマハト:国防軍全体)に責任があり、それもニュルンベルク軍事裁判で既に死刑となっているヴィルヘルム・カイテル、アルフレート・ヨードルらの指令によるものとし、プロイセン参謀本部系の OKH(Oberkommando des Heeres)(ヘール:陸軍)とその指揮下の国防軍はただ戦闘任務に忠実であったと広く信じられていた。
この見解はOKH参謀総長のフランツ・ハルダーらにより人工的に作られたものだった。
これにより独ソ戦で全階層において見られた反ユダヤ反ロシア反ボルシェビキズムの絶滅戦争としての色彩は忘れ去られ、指揮官たちは対ソ戦の熟練者として西側陣営に貴重な情報をもたらし地位を確保し、ドイツ一般国民の再軍備に対する反感は弱まり、冷戦の最前線である西ドイツ国防軍の成立へと繋がった。これは占領者である米国の意向に沿うものであり利害が一致するものであった。
本書はこの経緯を描く。学術書であるが非常に読みやすく、かつ多数のドイツ軍関係戦記の根幹にあるものについての解説であるため、推薦図書として選びたい。
では何故非現実的な国防軍潔白神話の生成に成功したのか?
まず第一に OKH は OKW とヒトラーの権力に全く屈していて前線戦闘を除く政治問題・占領政策に関与する力を失っていたという主張がなされた。OKH の優れた作戦も OKW とヒトラーの介入により失敗したというものである。これはハルダーら指揮官層個々人の戦犯逃れと地位確保を主たる理由とするものである。
ドイツ軍戦記本の根源
ハルダーらが作り上げた東部戦線の描写方針である規律正しくスポーツマンシップに則った国防軍将兵と OKH の完璧な指揮がヒトラーの横槍により破綻したとする観点(これらはドイツの戦史叢書に当たる資料そのものによるものか、社会の有形無形の圧力によるものであるのかうまく読み取れなかった)に基づいて、元軍人たちは多数の回顧録を執筆する事により戦後の経済低迷期における生活費を得た。
この意向から全くかけ離れたきわめて残酷で一切の容赦の無い東部戦線描写で知られるヨーゼフ・アラーベルガー*1の伝記「最強の狙撃手」が著されたのは2005年になってのことである。
私的未解決事項と雑多なメモ
- 政治委員は捕虜に取らない「コミッサール指令」の責任についてかなりの紙数が割かれていたが、この命令そのものについて知識が乏しいため何とも言う事ができない。
- 著者が一時期陰謀論に入れ込んでいたという話もこの研究内容から推測すると頷けるものがある。歴史そのものが実際に書き換えられる様をはっきりと解き明かしてしまったからだ。
- 戦争遂行において邪魔になるものの一つは避難民の移動であった。道路をふさいでしまうからである。災害・戦災時の「屋内待機」に類する命令はこれがためか。
- 書評の章で取り上げられた中世式の巨額の報奨制度が指揮官たちの判断力を狂わせるドイツ社会の構造的問題についての書籍が気になった。以下のものである。
- やや話がずれるが、現代のドイツ企業でも部長クラスの階級ならば給与報酬とは別にBMW5シリーズ等の高級車がプライベートでも自由に使える個人社用車(カンパニーカー)として与えられていると言われる。
関連エントリ
「ヒトラーの特攻隊 歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち」 三浦耕喜 - 放課後は 第二螺旋階段で
ドイツにおける特攻作戦とそれにまつわる戦争責任のナチスに対するなすりつけを描く。
*1:ヨーゼフ・アラーベルガー - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC
*2:IG・ファルベンインドゥストリー - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/IG%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC