放課後は 第二螺旋階段で

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「ヒトラーの特攻隊 歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち」 三浦耕喜

 冬といえばドイツ空軍の本土防空戦なのでこの本を読了。

 ナチス言論の自由を許さない現代ドイツにおいて忘れ去られた存在となった「エルベ特別攻撃隊」隊員の体験と戦後社会の受容を描いた一冊です。

 前半は当時を歴史小説調に描き、中盤は現代ドイツ社会のナチス時代観、後半は当事者のインタビューまとめを掲載。兵器・戦史系出身ではない新聞記者の筆者ならではの構成となっています。

 ドイツの特攻隊は何故忘れられたのか。日本の特攻隊は国体に対する責任追及が無かったため「国のために命さえも捨てた」として今も美談として扱われていますが、ドイツでは「ナチスのために命さえも捨てた狂信者」としての追及を受けるため、今のように一般に知られることのないままに時は過ぎていったといいます。

 戦後ドイツのナチス時代についての積極的忘却。

 例えば、ノーベル賞受賞の作家ギュンター・グラス第二次世界大戦時に武装親衛隊に志願して戦ったことを2006年に公表し議論が巻き起こりましたが、家族や友人知人はすでにそのことを知っているはずでした。ですが何の行動も行われず、武装親衛隊の所属歴が書かれた指紋入りの捕虜カードも軍人恩給名簿も現存して、不特定多数の人物が見たはずなのに、誰も何の行動も起こさずにその年まで秘匿できてしまった。

 そんなドイツ社会とは、歴史観とは、一体?

 たとえ戦争犯罪者であろうとも、彼らを完全排除してはドイツ社会の再興は絶対不可能であった。それがために巨大な空洞を抱え続けているのです。

 ドイツを守るために多数の特攻作戦を発案し第二次世界大戦を闘いぬき、戦後には弁護士となりネオナチを支援した空軍幹部ハヨ・ヘルマンの2008年段階での発言が重い。

 だが、今日のドイツはブタ小屋同然で耐え難い。こんな国は世界でもひとつではないでしょうか。シュレーダー前首相はノルマンディー上陸作戦の記念式典には出席したが、その隣にあるドイツ兵士の墓所には行かなかった。日本では古き文化が守られ、首相が靖国神社を参拝しているのとは正反対です。ドイツは組織的政治マフィアによる暴力的政治が横行しています。例えば、NPD(ドイツ国家民主党、ネオナチ系)は会合の場所さえ借りられない。こんなのは思想信条の自由でも民主主義でもない。言わせてもらえば、私は今のようなドイツに属していることを好きになれません。

 ナチス発祥の地・オーストリアの有力ネオナチ政治家イェルク・ハイダーは2008年にあまりにも「よいタイミング」で事故死した。葬儀には大統領・首相が出席し、国軍兵士の隊列が組まれるなど国葬級の扱いであった。

細か目の話ノート

 エルベ特攻隊は空軍単独によるたった1回の作戦で特に目立った成果もなかったため、戦史上の位置づけは小さなものとしか考えることができませんでした。

  • 日本軍の特攻第一号となり「僕のような優秀パイロットを殺すなんて、日本はお終いだよ」発言を残した関行男大尉は1944年の当時弱冠23歳。
  • ドイツ軍は、日本軍の誤認による特攻作戦の異常大戦果を現実のものとして受け、体当たりを検討するようになったという。
  • エルベ特攻隊は2000機をもって1機1殺の精神で巨大な空対空特攻作戦を行う計画であった。そんな数の戦闘機を用意する術はドイツには無かった。
    • ジェット機に乗る熟練者と使い捨ての若年パイロットをはっきりと差別化した作戦である。
  • オーデル川にかかる橋を落としソ連軍の渡河を阻止するための体当たり作戦も登場。この手の作戦は有人戦闘機と無人爆撃機を使った巨大な親子ミサイル「ミステル」を使うものとばかり考えていた私は甘かった。
  • この本で初めて知った一般事項・戦術が多数で、追加詳細情報が気になります。
    • 「夜間に燃え盛る都市を背景にして浮き上がる爆撃機を昼間戦闘機で撃破する……」として有名なヴィルデ・ザウ戦法は、その性質上敵機襲来前に自軍機を上に上げておかなければならず、コースを完全に読み切らなければ接触が取れなかった上に、レーダ爆撃に自信のあるイギリス空軍は曇天時を狙った。
      • ヴィルデ・ザウ戦法の初期の大戦果によりハヨ・ヘルマンは柏葉剣ダイヤモンド付騎士鉄十字章を受けた。
    • ドイツ戦闘機パイロットの訓練時間。1940年に18ヶ月で300時間程度、以降減少し続け260時間、110時間、極末期には50時間程度にまでなった。
    • ドイツ本土防空戦のパイロットは不時着時移動用の鉄道パスを携帯していた。
    • エルベ特攻隊の出撃時に無線で音楽が流されていた。それは出撃よりも前からすでに始まっていたため、無線のスイッチを入れた瞬間聞こえた。
    • イギリス空軍の戦略爆撃機は夜間爆撃を前提として搭載弾数を増加し面で破壊する方針で設計され、爆撃レーダも有力なH2Sの開発に成功していた。アメリカ機は搭載弾数が少ないが高高度性能に優れ、光学式高精度のノルデン爆撃照準器を開発。
      • H2S爆撃レーダは街を流れる川(建築物と反射の異なる水面)の形を基準として照準を行なっていた。

関連エントリ

 Me262装備部隊は共同でエルベ特別攻撃隊の護衛を行った。そのシーンがほんの1ページ程度ながら登場。

関連本ノート

ブリキの太鼓 (池澤夏樹=個人編集世界文学全集2)蟹の横歩き ―ヴィルヘルム・グストロフ号事件
 17歳で武装親衛隊に志願し第10SS装甲師団フルンツベルクで戦ったノーベル文学賞授章作家による、ナチス後のドイツ社会をテーマにした小説2作品。

  • 守谷純「国防軍潔白神話の生成」

国防軍潔白神話の生成
 第二次世界大戦後のドイツ再興と対ソ戦が想定された冷戦期におけるナチス時代受容を描く。

→2015年07月27日に感想エントリを書きました。
歴史が成立するまでの歴史的経緯を学ぶ 「国防軍潔白神話の生成」守屋純 - 放課後は 第二螺旋階段で