放課後は 第二螺旋階段で

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「航空機技術のすべて (防衛技術選書―兵器と防衛技術シリーズ)」/防衛技術ジャーナル編集部

航空機技術のすべて (防衛技術選書―兵器と防衛技術シリーズ)
Amazon.co.jp: 航空機技術のすべて (防衛技術選書―兵器と防衛技術シリーズ)

 この本は比較的専門書寄りの内容で、一般向けの本だとやけにあっさりと書かれたり少し誤魔化したような表現で書かれているようなことでも、きちんとした説明がなされているところがとてもいい一冊です。それなりの航空機愛好家歴があると思っていた自分でも、知っている気になっていたことを再確認したら分かっていなかったというところが沢山見つかって、革新的と言えるくらいに大きな知識変化が得られました。
 これが連載されていた通販限定の雑誌「防衛技術ジャーナル」は年間購読申し込み一歩手前というところ。
 以下特に気になった内容とその感想。


第一章 航空機技術の概要

 この章は日本の自衛隊用航空機の開発史と今後について。

 スウェーデンのサーブ社が作っていた「サフィール」は航空マニアしか知らないようなマイナーな初等練習機ですが、防衛庁技術研究本部が使用した一機は二重隙間フラップ、吹き出しフラップ、スポイラ横操縦*1とさまざまな新技術の実験台になり、それがPS-1やC-1やT-2を開発するための基礎になったという。
 こんなちっぽけな飛行機ただ一つから生まれた子供たちが次々と育っていったことにちょっと感動。


  • 日本最初の国産ヘリはOH-1

 世界最高の運動性と搭載機器をもち、米国以外で作られたヘリコプターで初めて「ハワード・ヒューズ賞」を受賞したあれが最初の国産機だとこの本で気づかされたんですが、日本の技術の異様さに驚きました。
 1960年代からヒンジレスロータ等に関する基礎研究を長く続けた結果とはいえ、いきなり一番。。。


  • いま作ってるエンジン

 超音速小型機向けの実証エンジンXF-5が製作されていて、推力5000kg/推力重量比8を達成し「推力重量比は世界レベルに並んだ」とのこと。でもユーロファイター・タイフーンに「今」使われているユーロジェットのEJ200は推力9000kg/推力重量比9を達成していて、推力はまだまだ伸びると言っているので、世界に先行かれてしまっている気がするんですが……
 このエンジンのコアを利用した大バイパス比ターボファンエンジンXF-7は次期固定翼哨戒機P-X用として採用が決定しているそうで、超音速用エンジンをもとに亜音速用エンジンを作るという方針は、亜音速用のエンジンを改造して超音速用にしたスウェーデンのサーブJA37ビゲンの逆みたいでおもしろい。日本の航空技術はスウェーデンと縁が深いのか、国力をあまり使わずに最大限の成果を上げようとすると自然と似たような行き方になるのか。



第二章 航空機の形状と性能

  • ステルスについて

 直角や鋭角の形をしているもののRCSが物凄く大きくなるのは、機体面に対して斜めに当たって明後日の方向に飛ぶはずの電波がさらにもう一回機体面に当たって敵のほうにかえっていってしまうからだとこの項で知る。(これは図を書かないと分かりにくい!電波が平行四辺形状に飛ぶ。)
 機体表面を回折して帰っていく電波というものもあるので、それも防がないと発見される。
 ほかにも、ELを機体に貼り付けて空と明るさを合わせる技術も考えられているとのこと。光学迷彩



第三章 機体構造および材料技術

  • 応力外皮構造の応力外皮は?

 翼桁が一本棒の航空機は大抵、桁より前全部が応力構造だということをこの本でやっと知りました。
 第二次世界大戦期の日本機(だいたい2本桁か3本桁でその間が応力構造)は外板が薄くて皺がよりやすかったとよくいうけれど、それって桁と桁の間の応力がかかる部分まで薄かったんでしょうか。そうだとしたら笑っちゃう。

    • 「日本機は外板がベコベコ」というのはよくあるイメージだけど、「フムナ」と書いていない(踏んでも平気なくらい厚いはずの)ところまでベコベコになるのって原理的におかしい気もする。外板に力をかけすぎる設計だったとか、ジュラルミンの質が悪かったとか、何か特別な理由がありそう。

 細い縦桁が多数入ってる「セミモノコック」は流行らず、太い桁が少数入っている「ロンジロン」構造が主流になった理由について、大抵は単に「ロンジロンのほうが優れているから」と書かれていて、何故そうなるのか全然理解できなくて不思議に思っていたんですが、この本で「開口部をとりやすい」というシンプルな理由だと分かりました。


  • 複合材、どこに使うか

 複合材使用比率はヘリコプタ>ビジネス>戦闘機>輸送機の順。ヘリコプタの複合材比率が高いというのは直感的に理解できるんですが、ビジネスが戦闘機より圧倒的に上なのは意外でした。理由は戦闘機側の熱的厳しさのようです。



第四章 飛行力学

  • 縦安定をとるには?

 一般的には「縦安定は尾翼の風見安定性でとる」と書かれているのですが、その説明だとフライバイワイアを使わない無尾翼機がちゃんと安定して飛べる理由がよく分かりませんでした。(物凄い後退角をつける等して前半分の翼面積を減らして後半分の翼面積を増やさない限り風見安定が弱すぎてフラフラになると思っていた)
 また、重心は揚力中心より前に置いて、尾翼で下向きの力を発生させてそれと釣り合わせるのが航空機デザインの定石だということは知っていたんですが、その理由もよく分かりませんでした。
 以上の疑問はこの本ではっきりと解決できました。
 重心が揚力中心より前になるように作ると
 機首上がる→揚力増す→重心より後ろの揚力中心が持ち上がる→機尾が上がって釣り合う角度になる という方法で尾翼の風見安定性を使わずに安定させることができるんですね。



第五章 艤装技術

 一般向け雑誌と変わらないか地味な話題が中心。機体を架台に固定して行われる操縦装置の耐久試験等。日本もアメリカと同じMIL規格でテストをしているとの旨。


第六章 搭載電子機器技術

 現代戦闘機の華といえばこれ。というわけで興味深い記事が特に多い項です。

  • フェイズドアレイレーダの原理とメカニズム 

 フェイズドアレイレーダは、出力がごく小さい素子多数の発振タイミングを微妙にズラし干渉させることで一つ強力な電波を合成する新しいタイプのレーダ。*2
 従来の投光器的に電波を発振しそれをグルグル回すタイプと違い、テレビの走査線が画面を描くような感じで一瞬にして走査が終わり、その速度のおかげで一つのものを追尾しつつ他方を探査といった作業を同時にこなすこともでき、索敵能力が飛躍的に向上するとのこと。単眼から複眼への進化。
 このレーダーって素子多数の発振に時間差をつけて干渉させることで電波を指向しているようなので、走査と走査の最小間隔があるはずだと思うんですが、それがどれくらいなのか気になります。人間の反応速度を考えたら無視できるくらいでしかないと思いますが……
 それと、走査回数を極端に多くすることができるので、フェイズドアレイレーダの前ではステルス機でも意外なほどあっさり発見されるのでは?という気もしてきました。いくら反射が弱くても0ではないので、連続した電波照射を受けるとある程度一定のコースを移動している「何か」が発見され認識できるし、電波反射方向数を抑えているとはいえ弱点になる方向はあるので、それを見せた一瞬を捉えることができそう。

 レーダー関係は気軽に見られる本が少ないので知識を増やすのが少し難しい。。


  • フェイズドアレイレーダをどう積むのか

 機体の動揺を無視してレーダービームが空間に対して固定されるように制御されているとのこと。こういう工夫無しでは使い物にならないってこと、この本を読むまで全然気が付かなかった(笑)
 F-2支援戦闘機の欠陥に「機体を動かすとロックオンが外れる」というものがあって、何故そんなことが起こりうるのか全く理解できなかったんですが、こういう制御との関連性を意識するとそうなってしまう理由が何となく分かる気がします。
 こういう制御って従来型レーダでも行われているのかな?
 この制御について考えていたら、電子制御がほとんど使えない第二次世界大戦期の砲戦艦用火器管制装置は動揺をどう処理していたのかが気になってきました。後日調べます。


  • IRST InfraRed Serch and Truck パッシブ赤外線探知機について

 IRSTには大気の透過率が良い3〜5μm、8〜12μm帯が使われ、3〜5μmは機体の空力過熱等の低温目標アフターバーナ等の高温目標、8〜12μmはアフターバーナ等の高温目標機体の空力加熱等の低温目標の探知に優れる。
 赤外線の透過が良い冬の高々度という理想的条件なら100nmの距離でも50%に減衰された赤外線を探知することが可能で、これはF-16初期型に搭載されていたレーダシステムAPG66の80nmに並ぶほどの数値。また、探知角度範囲はレーダを上回るとのこと。
 完全パッシブでECMの影響を全く受けないIRSTがここまで高性能だということには驚きました。ごく最近になるまで流行らなかったのが不思議に思えるくらいのシンプルな高性能さ。機体の空力加熱を探知することで正面からも撃てるタイプの赤外線誘導ミサイルが登場した直後に標準装備にならなかったのが不思議なくらいです。*3この性能を見ていたら戦闘機パイロットの視力条件が緩くなるというのも何となく分かります。赤外線条件が悪い低高度戦闘だとどうするの?という問題もありますけど。
 3〜5μmと8〜12μmが良くて、6〜7μmがダメな原理が気になります……

    • 標準装備になるのかならないのかよく分からないIRST

 ロシアやヨーロッパでは常識的に積まれるようになってきたIRSTですが、無敵戦闘機を狙っているF-22には積まれていないみたいです。圧倒的な探知能力を持つAWACSとのデータリンクを前提にしていて自機レーダを切っている状態でも充分な戦闘力を発揮できるから、追加のパッシブ探知装置を積む必要が無いとか?ロシアやヨーロッパはこれといった支援が望めない厳しい戦況を前提としていることが多い。
 ちなみに、AWACSと強力な地上レーダ施設を持つ日本のF-15Jは改修でIRSTを搭載することが決まっています。伝統的に近距離戦を好む国だから?


  • 将来の目標は電子機器の統合化

 今後は、計算機一つに他種類の仕事をさせたり、アンテナ一つに多数の機能を持たせることでアンテナ数を削減したりして、コストダウンやステルス性を向上狙うとのこと。F-22では60ほどだったアンテナ開口部がJSFでは20ほどにまで減らされる予定。アビオニクス価格のうち60%以上はアンテナ開口部と書かれていて、たかがアンテナがコンピュータより高いってことに意外性が!?
 20世紀末期から21世紀初期にかけての最先端技術の結晶体に思えたF-22でもまだ大幅改善できる余地が残っていたということも意外。
 この方針の改良で見た目も中身もどんどんシンプルシンプル。



第七章 航空機のエンジン

 今は設計改良が限界に近づいていて、エンジンの性能アップは耐熱性が高い複合材か金属の製作技術で決まる。それを思い知らされる項。
 F-22用のF119エンジンは「高圧タービン動翼後のタービン静翼を省略し、逆方向に回転する低圧タービン動翼を直後に配置する反回転方向タービンが採用されている」らしいんですが、利点がよく分からない……
 新しいエンジンで解説があまり出ていないので今後の情報に期待。


 追記:「高圧タービンと逆に回転する低圧タービンの動翼」は「動翼が静翼の役割を肩代わりすることで静翼を1段省略できる」というだけであって、それ以上でもそれ以下でもないと推測します。気流の乱れ等は問題にならなかったのでしょうか…


第八章 航空機の試験技術

 開発関係者が多そうな防衛技術協会が出した本なだけあって、この項かなり長いですが解説感想省略。
 暑いところに行ったら?寒いところに行ったら?気圧が低いところに行ったら?機体がガタガタになったら?可変後退翼を無理に動かしたら?エンジンがバラバラになったら?1万回飛んだら?どうなる?しつこいくらいに行われるテスト。


第九章 ヘリコプター技術

 この項ではヘリコプターは固定翼機と比べるとまだ分かっていないことが随分とあると思わされました。
 回転翼機はただ単に飛ぶだけでも、スワッシュプレート/サイクリックピッチ変化、フラッピングヒンジ、リードラグヒンジとヒンジだらけにならないとダメな面倒なメカ。

  • 高速飛行時の後退側ロータ失速について

 回転する翼のうち後退側になるロータは、機体が高速飛行すると対気速度不足になって失速してしまう。日本では通常とされるアメリカ式の反時計回りローターヘリコプターの場合だと左側の揚力が失われ、ジャイロ効果で急激に機首が持ち上がるとのこと。
 フランスのアエロスパシアル製ヘリコプターはアメリカ製のものと逆の時計回りでロータが回っていますが、この場合は右側が失速し、同様に機首が上がるようです。


第十章 無人機技術

 日本で運用されている無人機って標的機以外は写真も文書も見た覚えがない……
 それくらいなせいか、この項では無人機の種類と飛行制御方法の種類と発進回収方法についての一般論だけ。


追記:とりあげて欲しかった最近の要素

 アメリカ空軍新戦闘機選考で「YF-22」と「YF-23」が争っていた時、エンジンも「YF119」と「YF120」で争われ、その時敗れた「YF120」は今のところ史上唯一の可変バイパス比ターボファンエンジンらしい。
 バイパス比が変えられるターボファンエンジンは試作機にしか使われなかったハイテクで謎が多いから、何か触れて欲しかった。素人の自分でも複雑化が過ぎるということは分かるけれど、この本の筆者ならそれよりずっとに具体的に書けると思うので解説を期待してしまう。


  • アクティブ空力弾性翼

 「アクティブ空力弾性翼」は、翼を意図的にたわませることで翼を軽く仕上げたり空力特性を調整したりする技術で、何となく生物的なところが魅力的で気に入っています。
 1〜3年くらい前にやっと実験機が出たくらいの技術だから、データが少な過ぎて出しにくくて無理かな?
 まえに大学で触らせてもらったX-29主翼に使われたのと同じ炭素繊維複合材は、左側にねじるとプラスティック下敷き並にフニャフニャにたわむけれど、右側にねじると鉄板並かそれ以上の固さになって少しも撓まず軋まずになったのがとても面白くって、複合材を単なる軽量高強度素材ではなく強さの向きや程度を制御できるのものとして使う技術に興味を持っているので、空力弾性翼技術の発展にとても期待しています。

関連解説ページ
http://www.jsme-fed.org/newsletters/2003_12/no1.html


Amazon.co.jp: 航空機技術のすべて (防衛技術選書―兵器と防衛技術シリーズ)

*1:スポイラで片翼の揚力を減らすことでロールするメカニズム

*2:原理の理解合ってる?

*3:ミサイルは使い捨てのシーカ冷却装置で探知能力を無理矢理上げて達成していたから無理かな?