放課後は 第二螺旋階段で

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「零式戦闘機」 吉村昭

零式戦闘機 (新潮文庫) 意識的な軍事知識補強シリーズ第二弾に加えて、私的吉村昭ブーム第二弾として読了。
 私はドイツ空軍とイギリス空軍の戦いこそ頂上決戦という所から発したミリタリーファンで、太平洋戦争の航空戦は遅れた空軍同士が何かやってた位の感覚でしかなかったのでゼロから出直しです。

 今作は物語として見ると栄養満点味気なしで、創作部分が挟まる余地がほとんどない状態になっています。普通の作家感覚で人間ドラマを入れるなら自然とクローズアップされるはずのデザイナー堀越二郎でさえ、一行で病に倒れ次の段落で復帰しているくらいのあっさり具合。

 では何を描いているのかというと、零戦をとりまく状況そのものが主体となっています。
 有名な「牛車で工場から飛行場まで運ばれる零戦
 工場併設飛行場を建設できず、飛行場までのよい道路も交通手段も確保できない日本。防御能力を盛り込む余地のない研ぎ澄まし切った仕様の変更を許さず無敵戦闘機を絶対必要とする軍。人的資源の層が薄いにも関わらず多数の困難な要求を与えられ疲弊していく三菱設計陣。

 一国の未来と挑戦、そして弱さも飲み込んだ象徴的な存在。
 それが零式艦上戦闘機
 ゼロは無から生まれて無に帰った。


ミリタリー的テクニカルノー

  • 中国戦線において太平洋戦争開戦まで空戦による被撃墜0、撃墜は162とは信じがたい。戦史叢書から出た数字にしても…圧倒的すぎる。
  • チャンス・ヴォートV-143を元に引き込み脚を製作したエピソードは古典の域にある今作でも登場。
  • ベコベコになるような薄い外板で理論上900km/h+までフラッターは発生しませんというのは感覚的に見ると異常。
    • 模型風洞試験の際に翼の質量・強度分布のみを実機に合わせたため現れた結果。剛性分布を計算に入れると600km/h代の現実数値に。
  • 試作2号機は昇降舵マスバランス破壊からのフラッターで空中分解したとよくいわれるけれど、この本では「尾翼に留まらず全体が破壊されたのは疑問」という暗雲。高速時のロール操作負荷軽減のために取り付けられたバランスタブによる過入力が原因の空中分解は確認済。(廃止され高速時の舵は重いままに)
  • 長めの胴体は方向安定を稼いで20mm機関砲の射撃精度を向上するため。
  • 無防御で有名な零戦でも初期の仕様書には消火装置が盛り込まれていた。(具体的内容は不明)
  • 時系列で見ると、太平洋戦争開戦→無敵の零戦雷電設計完了→烈風設計開始→MK9(三菱の烈風用エンジン)もしくはNK9(誉)設計完了→F4Fの編隊空戦完成→F6F出現で、烈風が零戦を踏襲しすぎたダメ戦闘機になってしまうのも分かる。
  • 零戦、九六式陸攻、一式陸攻がすべて三菱設計で、堀越二郎本庄季郎のデザインが日本という国家を背負って勝ち続けた緒戦は個人として異様な経験。しかし彼らはアメリカの工業力も知っていて…
  • 極末期の工場分散疎開後は人間が部品を手荷物として鉄道輸送していた。
    • ソ連の工場疎開が成功したのは国土の奥でまとまったためか。日本は縦深不足。
  • ミリオタの「牛車で運ばれる零戦」は、大学教授の「死体洗いのアルバイト」(大江健三郎『死者の奢り』を読んだことが?)的な位置なのかもしれない。


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