グロースドイッチュラント機甲擲弾師団のティーガーI中隊は3000mから射撃を開始した。しかし彼らの88mm砲弾は IS-2 の厚い正面装甲に跳ね返されダメージを与えることはできなかった。(中略)ティーガーIの戦車兵たちは、戦闘不能となったスターリン重戦車を検証した結果、IS-2 の主砲は強力で装甲も厚いが、ティーガーIと比較すれば幾分速度が遅く、操縦性能が悪いとの結論に達した。
宇宙人の残した兵器を思わせる情景で、ソビエト国外で知られるようになった小型軽量重装甲快速大口径の新コンセプト重戦車。それが IS-2 です。
この IS-2 の開発は前任に当たる KV-1 が機動性と駆動系の信頼性不足により失敗作とみなれたことにより始まりました。ドイツの戦史などでは怪物のように手強い戦車なのですが、運用側は接敵しなくても常に稼働させ続けなければならず、敵よりもまず故障と戦う羽目になり、このように評価に差がついたのだと思われます。KV-1 の信頼性不足を解消するために作られた軽量かつ改良トランスミッションを搭載した KV-1S は装甲が中戦車レベルにまで後退して存在意義が薄くなってしまった点も大問題です。
こうして生まれた新設計 IS-2 は極端な小型軽量重装甲車体と大口径砲を組み合わせた結果、砲弾搭載量わずか28発という大きな欠点を受け入れ、砲弾重量の重さと分離装薬による装填の遅さ、長距離射撃戦に適合していない照準システムをものともせず、対独戦において勝利の立役者のひとつとなりました。
本書はタイトルより大きく幅広い内容で IS-2 と車体流用の突撃砲 ISU-152 に留まらず、後継の IS-3 に始まり果ては円盤重戦車オブイェークト279、420mm自走迫撃砲オカまで紹介しています。World of tanks に出てくる IS 系のマイナー重戦車、IS-4、IS-6、IS-7、IS-8 も網羅しており、1ページごとにゲーム中での疑問が解けるでしょう。
翻訳はソ連戦車関係本の日本語訳ならおそらく日本一のマキシム・グムカの高田裕久の手による大変信頼のおけるもので、原著者の筆の荒れを逐一修正するとても丁寧なものとなっています。
IS-2 関連車種メモ
- KV-13
中戦車の T-34 と重戦車 KV-1 を統一するために 1942年に設計。これは KV-1S の出現よりも前に当たる。車体の形状が IS の原型になった。
- KV-1S
1942年出現の快速重戦車。信頼性の評価が高かったトランスミッションは、不採用になった KV-3 用に設計されたもの。
- IS-85
85mm D-5T を装備したがティーガーIを射程外から確実に破壊できなかったため生産数は僅か。この段階でも既に 100mm D-10 の開発自体は進んでいたが補給に問題があるため 122mm砲 の搭載へと進む。
ドイツの将来超重戦車への対策として開発された 107mm砲と類似する口径の100mm砲が別に開発されていたのは私的な謎の一つ。
- IS-2
完成形。122mm D-25T を搭載。分離装薬で、弾頭を砲塔後部に、装薬を車体底面に搭載。搭載砲弾数わずか28。「大口径の効果により装甲板が破壊されるため攻撃力が高い」という見方と「初速が遅いためドイツの 75mm L/70 と同程度の運動エネルギーで貫通力は高くない」という見方があり、装甲材料工学の知識が乏しいためどちらが正しいのか判別できない。
車体前面の操縦手視察孔の垂直面がなくなって傾斜装甲のデザインになったタイプは IS-2 1944年型。IS-2m の名を付けたのは後世の研究者で、実際には「存在」しないらしい。これは1944年以降の「生産できる工場を増やすために溶接で組み立てられた車体」と同じもの?車体正面のラインがややせり出したように表現される事が多いが、実車は写真を見た印象では丸っこい形で正面と側面の間にはっきりとしたエッジがない。この変化は不明点が多い。
1944年型は車長用機銃に 12.7mm DShK を採用したのも外見上の大きな特徴。この前は同軸機銃を取り外して使用するタイプ?
- IS-2M
1954年からの改良で車体側面に雑具入れが取り付けられ角張った車体になった。フェンダーのデザインも T-55 などに類似した角張ってしっかりとしたデザインに。(対HEAT 空間装甲?)
- IS-3
計画名「Kirovets-1」*1
敵はティーガーIIの 8.8cm L/71 であり、戦車の破壊原因第一位は砲塔正面への被弾、第二位は車体正面への被弾であるというデータに基づき最適化された車輌。先進的なデザインは西側諸国に大きな衝撃をもたらした。
- IS-3M
車長用機銃を DShK から DShKM に変更、操縦手用暗視装置等を追加、車体側面に雑具入れを取り付け、フェンダーのデザインも変更され、T-55からT-80まで長年に渡って採用されたものに近い角張った形状に。1960年に改修開始され1956年のハンガリー動乱に投入された。(?)
第三次中東戦争ではエジプト車がイスラエルの M48A2 と交戦。
- IS-4
IS-3 と全く別に開発された IS-2 の強化型。砲塔装甲250mm 車体装甲160mm
少数が量産され第二次世界大戦後は朝鮮戦争参戦のため東方に集められた。
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- IS-6
IS-4 の部品を流用して作られたフェルディナントのような電気式駆動のテスト型。開発失敗。
- IS-7
1948年頃に開発された 12.8cm L55 にすら耐える完全新設計の重戦車。海軍の1050馬力ディーゼルエンジンにより最高速度60km/hを越える高い機動性を持つ。砲は海軍130mm砲で弾頭重量36.5kg。同軸機銃は 14.5mm KPVT。砲塔上面にもう一丁の 14.5mm機銃をリモコン方式で搭載。車重68.5t。ティーガーIIをモデルにした緩衝材の入った転輪(全鋼製転輪の代表格と考えていたのだが‥‥?)が耐えられず破損、砲弾の装填困難、重量の大きさで輸送困難のため開発中止。
- IS-8・T-10
IS-3 を基本に砲と装甲とエンジンを強化。122mm D-25TA 搭載。スターリン批判で改名した。T-10A でエバキュレータ・ラマー・暗視装置・垂直砲安定化装置、T-10B で水平垂直の砲安定化装置と新しい照準器、最終型 T-10M では主砲を M-62-TS に変更、同軸機銃と対空機銃を 12.7mm DShK から 14.5mm KPVT に強化。同軸機銃が重機関銃クラスの珍しい車種。
IS 系最多の8000輛ほどが生産された。
WikiPedia の解説が特に詳しい。
T-10 (戦車) - Wikipedia
- オブイェークト279
核爆発に耐える円盤戦車として有名なこれが最後のソビエト重戦車である。奇妙な外見が印象的だが、IS-7 と同じ 130mm砲 を搭載し、強力なエンジンにより50km/h以上で機動、上下像合致式レンジファインダーを装備する事で命中精度を高めているため、射撃戦での戦闘力も高い。1957年に試作車完成。
- ISU-152
IS-2 ベースの突撃砲。152mm ML-20S の砲初速が遅く装甲貫通力は低い。ISU-122 と合わせると IS-2 よりも生産数が多い。SU-152 は KV-1S ベース。
長砲身で初速900m/s の 152mm BL-8 を搭載した試作車が ISU-152-1、若干異なる 152mm BL-10 を搭載したのが ISU-152-2
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- ISU-122
152mm ML-20S の供給不足により 122mm A-19 を搭載したタイプ。この砲は IS-2 の D-25T の原型にあたり 152mm砲 より装甲貫通力に優れる。
- オブイェークト268
T-10(IS-8)ベースの突撃砲。試作のみ。ML-20S ベースにエバキュレータを加えた砲を搭載。(長砲身を採用せず)
箇条書きメモ
- この著者スティーヴ・ザロガは整合性をあまり考えないらしく、項目ごとに縦割り的に読まなければ辻褄が合わない部分が少々見受けられます。
- IS 系の122mm砲は師団砲ベースのためか、どの車種も間接照準器が搭載されています。実際にはどの程度の頻度で使用されていたのか、具体的な使用法などは不明。
- WoT で T-34-85 を最大限に強化した際に積む 85 mm D5T-85BM は、IS-2 の 122mm D-25T の砲弾搭載量が少なすぎる問題を解決するために開発され、貫通力を同等にまで引き上げられず不採用となった砲。道理で強い。
- IS-2 の俯角はわずか2度。
- KV-1S の車体に IS-2 の 122mm D-25T を組み合わせた KV-122 については情報なし。ゲーム仕様の KV-1S はこれ。
- こう進化の流れを細かく見ていくと、珍車揃いの World of Tanks における Tier8 以上もそこそこ妥当に思えます。
関連エントリ
IS-2 の前任重戦車。KV-1S も紹介。
IS-2 の初期のライバル・ティーガーI
IS-2 の後期ライバルは ティーガーII
戦後のライバルだが IS-3 と正面切って戦うと不利なパットン。第三次中東戦争で交戦。
*1:WoT における IS-3 初期砲塔名はこれ由来。