自分は思考に言語を使っている感覚が無く、「方向」「波形」「流速」「流量」「圧力」「色彩」「密度」といった要素でできた「流体」の組み合わせで出来た発声不能な純粋理論言語で思考している感覚があるので、どうしても「人間は言葉で考える」ということと「日本人なら日本語で考える」という言葉を信じられない。
文章は「思考流体」を既存言語に収まるよう「削り落として」作っている感覚もあったりしますし。
概念や思考として固定されたのに文章にならないものも、沢山出てくる。
外国語も意味は分かるけれど翻訳ができないものが結構出てくる。